全国医師ユニオンは10月17日、東京・霞が関の厚労省記者クラブにて、長崎みなとメディカルセンターの医師の過労死裁判において、「医師労働において看過できない非常識な主張が数多く見られる」と病院側の控訴理由書に抗議する声明を発表しました。また長崎市長及び、厚生労働省に対しても要請文を送付いたしました事を報告いたします。

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医師の健康確保措置等に関する厚労省要請 最終版

医師の過労死裁判に関する長崎市長への要請(最終版)

 

下記内容のPDFになります。

長崎みなとメディカルセンターの過労死裁判に関する声明(最終版)

長崎みなとメディカルセンターの医師の過労死裁判に関する声明 

                               2019年10月17日

                               全国医師ユニオン代表 植山直人

 

2014年12月、長崎みなとメディカルセンター(当時、長崎みなとメディカルセンター市民病院)に勤務する33歳の男性医師が自宅で突然死しました。この医師は、2014年4月に地域における中核的救急病院である同病院に着任し、心臓カテーテル治療や救急医療に携わり、過労死ラインの約2倍の激務を担っていました。原告である遺族は、病院の管理責任を問い長崎地方裁判所に訴えを起こし、長崎地方裁判所は本年5月27日に原告勝利の判決を下しました。

長崎地裁は、発症前1か月間の時間外労働が「159時間」、また発症前 2か月間ないし6か月間の期間においても「この期間の1か 月当たり 平均は177.3時間である」としています。そして、「被告は, A医師(以下、被災者医師の名前はA医師と表記します)の死亡を含む何らかの健康状態の悪化を予見できたのに, A医師の労務負担の軽減のための具体的な方策をとらなかったといえ, 使用者としての安全配慮義務違反があったと認められる」と明確な判断を示しています。

しかし、病院側はこれを不服として福岡高裁に控訴しました。この控訴理由書には、医師労働において看過できない非常識な主張が数多く見られ、今後の働き方改革に悪影響を及ぼすことが危惧されるため、主要な問題点を指摘し、病院側が自らの立場を改めることを求めるものです。

 

①労働時間に関して

多くの医療機関において、労働時間の管理がずさんであるため客観的な時間管理が求められ、先進的な医療機関がこれに取り組んでいます。しかし控訴理由書には「過労死事案における労働時間の把握の基本的方法にも問題があり, 時間外労働時間数の把握は申告時間によるべきである」と主張、さらに「当直時間帯にかかわらず, 病院内にいたとしても, 労働をしていない時間 (非稼働時間)については, 疲労を蓄積することにはならないのであるから, 当直時間帯以外でも, 非稼働時間は労働時間から控除することが適切である」と述べられています。循環器内科という極めて緊急性の高い治療を求められる診療科で、重い責任を負い院内に拘束される医師の疲労の蓄積に対して、全く理解していません。

さらに「自主見学の時間に本来行うことができたはずの業務は, 結局, 業務時間外に行われることになると考えられる。・・・したがって, カテーテル治療の自主見学については, 業務時間内に行われた場合であっても, 労働時間からは控除されるべきであり」などと述べられています。しかし、心臓カテーテルなどのリスクの高い手技の研鑽は、患者の利益になることであり、研鑽自体が本来業務と言えるものです

②死亡と業務との因果関係について

長崎地裁の判決では、「A医師の内因性心臓死は, 質量ともに極めて過重な被告病院での業務によって生じたものと認められ, 被告病院の業務とA医師の死亡との間には因果関係があるというべきである」とされています。病院側は元不整脈学会の会頭を証人としていますが、その医師は「内因性異常(心疾患)の素因のないまったくの健常人が疲労の蓄積のみで致死的不整脈を発症するとは医学的には極めて考えがたいといわざるを得ません」や「致死的不整脈が過労・睡眠不足によりもたらされることが明示された研究報告は一切存しない」などと主張しています。そもそも、過労死は日本発祥の病気ともいえるもので「カロウシ(Karoshi)」が国際語になっています。先進国には過労死自体がほとんどなく、過労死ラインの2倍も働いている労働者は極めてまれと考えられ、その病態に関する国際的な研究やデータはなくて当然です。まして不整脈死という稀な疾患に関する過労死の国際的な医学データがないのは当たりまえです。最近では、中国が急激な経済成長を続ける中で過重労働が問題となり、過重労働と不整脈死に関する研究も散見されます。医学的な解明は今後進む分野であると考えられます。にもかかわらず病院側は「不整脈分野の研究におけるわが国の第一人者である奥村謙医師の意見に裏付けられた上記主張を仮に否定するのであれば, 十分な医学的知見に裏付けられた合理的な反論がなされなければならない」と権威を振りかざし、自らの責任逃れに利用しています。

 

③病院側の長時間労働に関する考え

この病院の36協定は、時間外労働を月30時間、年360時間とし、特別条項として年6回を上限に月120時間となっていました。従って、病院側は36協定を全く無視した労基法違反を行っていました。しかし、その反省は全く見られず、「控訴人病院心臓血管内科の医師は多忙であったが, 特にA医師が在籍した平成26年が他の年と比較して多忙であった事実はなく,  A医師が同僚医師と比較して, 労働時間数, 業務量, 業務内容及び作業環境において, 特に過重な状態となっていたわけではない」と述べています。この主張は、病院はブラック病院であり循環器内科の医師たちは全員労基法を無視した違法な過重労働を行わされていたことを自ら認めているだけです。また、他の医師は生きているので病院の対応には問題がなかったと主張しているものです。そして、「なお, 国の『医師の働き方改革における検討会』の検討結果をとりまとめた報告書においても, 『技能向上が必要な研修医らには地域医療と同様の水準 (引 用者注:1860時間)を設定する』とされ, 例外的な扱いとすることを許容している」と厚労省の検討会報告書を悪用しています。厚労省が検討している医師の長時間労働の例外は、それ自体に憲法違反が疑われるものですが、それでも長時間労働の危険性を認識し、医師の健康確保措置として産業医面接・9時間の勤務間インターバル・連続労働の上限28時間が義務とされ、これを否定する病院に例外が認められることはありません。この控訴理由書には厚労省の検討会での発言や資料がたびたび引用されていますが、それらは何ら自らの安全配慮義務違反を正当化するものではありません。医師のみに例外が認められたとしても、過重労働に関する脆弱性は一般労働者と同様であるため、過労死認定においては一般労働者と同様の基準で認定されるべきであり、医師に対してのみ安全配慮義務が軽くてよいものではありません。

 

市民のために命を賭して働き無念にも亡くなった医師には、感謝と敬意を持ってこれに対するのが人の道と言えるでしょう。この裁判における病院の主張は、過労死を正面から受け止め再発防止に力を注ぐ態度とは真逆な態度であり、医師と病院の信頼関係を崩し、医師の働き方改革に逆行するもので極めて有害です。また、このような態度では、地域医療を守るために認められる特例のB水準の医療機関として指定されることは困難でしょう。そのことは長崎市民にとっても不幸なことです。

私たちは、長崎みなとメディカルセンターが被災者医師や善意で過重労働を担っている多くの医師を冒涜する主張をやめ、遺族に対して心から謝罪を行い、過労死の反省の上に立って労働条件の改善を進め、働きやすい病院として選ばれる病院となることを求めるものです。