全国医師ユニオン 第1期運動方針

2009年5月16日  全国医師ユニオン結成総会

 

1,現状認識

1)医療崩壊への軌跡

日本における医療崩壊の根本的な原因は80年代から進められてきた医療費抑制政策にあり、その方法の一つとして医師数抑制政策が進められてきた。そして、日本医師会も医師数抑制を求める活動を進め、マスコミも医師数削減政策を支持してきた。

その根底には、医療費亡国論にみられるような医療に対する否定的な考えが根強く横たわっている。

しかし現実は、医療に対する国民の要求は高まり、医学の進歩により高度な医療が一般的な医療水準として求められるようになった。また、患者の権利は高まり、医療に関する訴訟は増大していった。

画像診断、内視鏡検査、カテーテル検査・治療、高度な外科治療の進歩などにみられるように、マンパワーを必要とする医療の高度化とインフォームドコンセン トに代表されるような医師の患者に対する説明責任の増大などは、十分なマンパワーがないまま現場の医師に丸投げされ、医師に対する労働強化と精神的な重圧 は増加していった。

さらに、高齢者の増加にともない患者が増加したにもかかわらず、高齢者福祉の貧困が放置されたまま在院日数の短縮が強制され、行き場のない患者の退院促進も医師に大きなストレスを与えることになった。

日本では、最近まで医師は労働者とは考えられておらず、聖職者とみなされていたため、労働法によりその肉体と精神を守らなければならないという発想はほとんどなかった。

とりわけ、医療アクセスの優れた日本においては、急性期医療の現場で働く医師への負担が顕著となり、この分野から医療の崩壊がはじまった。

2)医師の命と健康を守る運動の始まり

1998年関西医大の研修医の過労死を契機に、「研修医」が労働者であることが認められ、労働基準監督署が関西医科大学に対して研修医を労働者として扱う ように是正勧告を行なった。しかし、その後も研修医の過労死がなくなることはなかった。この研修医の過労死裁判は6年後の2004年に原告勝訴が確定して いる。

医師が労働者であるという判断は、社会的なインパクトを与えたが、医師が労働基準法を守るは当然であるという意識は、社会にも医師の中にも広がることはなかった。医療政策は医師の過重労働を前提に策定され続け、このことが問題視されることはなかった。

そのため、新たなる犠牲者が生れ、「中原裁判」など過労死した医師の家族の闘いは続いた。また、医療現場では限界を感じ希望がもてなくなった医師達が過酷な現場を去るこという現象が起こり、医療崩壊が始まった。

医師達の中からは、改革を求め自ら闘いを始める者が現われた。2000年沖縄で結成された「沖縄県公務員医師労働組合」は県レベルでの日本で唯一の医師の職能組合である。

個人で闘う医師たちは、医療現場の実態をマスコミ等に訴えたり、医療崩壊への警告を本として執筆するという情報発信をおこなった。また、医療労働の研究や 情報の開示活動を行なう医師も現われた。さらに、労働基準監督署へ訴えを起こす医師や自ら労働者としての正当な権利を主張して裁判を起こす医師も現われ た。

このような変化の中で、医師の力を結集して新しい医療変革の流れを作るために2008年6月には、「診療環境の改善」を理念に掲げ る医師の全国組織である全国医師連盟(全医連)が結成された。全医連は、診療環境の改善のためには、ヨーロッパでは当然となっている医師の労働組合が日本 においても必要であると考え、全医連の主要な活動として医師ユニオンの結成に取り組んだ。

2,全国医師ユニオンに求められる課題と活動

1)全国医師ユニオンの基本姿勢

?全医連との協力・共同を重視する。

これまでに述べてきたように、全国医師ユニオンは医師を守り医療崩壊を防ぐ活動の流れの中で、また全医連の診療環境を守る理念のもとで結成された。私たちは、全医連と共通の目的を持つものであり、全医連との緊密な連携・協力を行ない運動を進める。

?勤務医は労働者であるという立場にたつ。

勤務医は、患者のために働く労働者であるという立場を鮮明にする。医師聖職論では、医師の人間としての権利を守ることはできず、医療崩壊をくい止めることはできない。

?政治的中立性を守る。

特定政党の支持や特定組織への加盟は、様々な立場にある多くの医師を結集させる障害になる。また既成の医療労働組合やさまざまな団体との友好的な関係を追求する上でも中立性が要求される。

?弱い立場の医師への配慮を重視する。(研修医や大学院生の配慮)

一人の力は弱いため、同じ問題をかかえる働く仲間が集団となり、法律の力も使いながら、大きな力を発揮して問題を解決するのがユニオンの目的である。特に弱い立場にある医師は過酷な労働を強制されやすいためこれらの医師への援助を重視する必要がある。

?各学会や他団体の勤務医部会との協力共同を追求する。

医療崩壊は、産婦人科、小児科、救急をはじめとする急性期医療など過酷な労働環境におかれている勤務医を直撃している。これらの医師や団体との協力関係を 特に重視する必要がある。また、すでにある勤務医の団体とは労働環境改善において共通の課題を持つために、協力・共同を追求する必要がある。

?他業種の労働組合との連携も積極的に行なう。

医師は業務上高い安全性を要求されることから、また管理業務に携わることが多いことから、パイロットの組合や東京管理職組合などとは様々な課題を共有する ことがある。また個人加盟制の労働組合から組織のあり方を学ぶことも重要である。従ってこれらの他業種の組合とも協力関係を積極的に築き、連携を進めるこ とは有益である。

2)長期的な課題と目標

?ヨーロッパにおいては医師が労働組合に入ることは当然のことであり、医師労組 の歴史も古く、これまでの活動で医師の人権を守る進んだ労働環境を獲得している。EUの労働基準には例外なく医師も含まれ、最新の基準はオンコールを含め て48時間となっている。私たちは長期的には、最も進歩したEUの労働基準を目標として活動をすすめる。

?医師ユニオンの長期的な組織目 標を語ることは時期尚早と言えるが、あえて目標を掲げるとすれば過半数の医師を組織することが求められると言える。そして、複数の医師が勤務する全ての医 療機関に医師ユニオンの支部を作り、医師のナショナルセンターとして労働環境改善で大きな役割を果たすことが目標と言える。

3)当面の課題

日本の医療は、まさに崩壊に進んでいるが、医療再生の抜本的な政策は示されていない。医療崩壊は医療費の抑制とそれによるマンパワー不足が原因であること から、医療費の大幅な増額とマンパワーの確保が再生への絶対条件である。政府は医師を1.5倍に増やすことを公言しているが、その裏付けとなる医療費を増 額することに関しては事実上否定している。

イギリスの医療改革は、医療費を1.5倍にする公約から始まった。これにより医療の質の向上 ならびに医師数の増加と労働環境の改善、さらに医師の収入の改善を両立することができた。日本における医療費増加政策なき医師養成数の増加政策は、多くの 医師をはじめとする医療関係者の不信をかっている。

私たち医師ユニオンは、政府の抜本的な医療費増額の政策を求めるとともに、地域医療を守るために地域医療機関の現状に配慮し、現場の医師の声を反映させながら以下の3つの運動を進める。

?過労死をまねく過剰労働をなくす運動を行なう。(月80時間以上の時間外労働は過労死との関連性が強いとされている。)

?当直を時間外勤務と認めさせる運動を行なう。(多くの医療機関では、当直は時間外勤務として認められていない。)

?主治医制を担当医制へ変えさせる運動を行なう。(24時間365日拘束の主治医制度は見直す必要がある。)

これらの3つの運動は、最低限の緊急の課題であり、医師養成数の増加という長い期間を必要とする政策を待つことはできない。現状で可能なあらゆる方法により早期に実現させる必要がある。

3,ユニオン第1期の具体的な活動

1)体制の確立を最優先とする。

医師ユニオンは結成されたが、これは私たちの立場と決意の表明であり、今すぐに大きな活動が行えるわけではない。医師ユニオンを成功・発展させるために は。何よりも医師ユニオンを支える立場に立ち、自ら行動する会員を集めて、体制を確立することが最も重要である。そのために11月の定期総会までの約6ヶ 月間、以下の3点を重点的にすすめる。

?当面は全医連との協力関係を最重視し、全医連の協力のもとに組織作りや活動を行なう。

?ユニオン活動の基盤を確立させるために活動的な会員の勧誘や医療機関での支部作りを進める。

?事務所機能を確立・発展させるために医師ユニオンの活動を支持する医師以外の協力者を集めるとともに財政基盤を強化し専任事務の配置に力を注ぐ。

2)会員への具体的な支援を開始する。

過酷な労働環境に苦しむ会員のために、可能な支援はすみやかに開始する必要がある。具体的な支援として以下の活動をできるだけ早い時期に開始する。

?会員への情報提供を行なうため、会員専用のホーム・ページを作成し医師労働に関する情報やアドバイスとなる情報を提供する。また、紙媒体によるニュースを発行する。

?会員の活動を支援するシステムを構築する。

・定期的な学習会の開催や相談活動を通じて、会員をサポートする。

・必要に応じて、社会保険労務士や弁護士を紹介できるシステムを作る。

?ユニオン会員の活動をサポートするアイテムを作る。

・ユニオン会員であることの証明書であるユニオン会員証を発行する。

・ユニオン独自の「医師労働の基礎知識」パンフレットの作成・提供する。

・会員の労働時間が一目で分かる「ユニオン勤務記録手帳」を作成・提供する。

・自分の勤務する医療機関の労働環境を知る手助けとなる「あなたの病院診断基準マニュアル」を作成・提供する。

3)運営委員会の追求課題

執行機関である運営委員会は全国組織として各政党や関係省庁等への働きかけや他団体との友好関係作りをすすめる。

また、団体交渉に関しても、ケース・スタディとして先進的な事例を作り、医療機関を匿名にするなどして各会員の活動の参考となる情報を発信する必要がある。

現在も医療労働や過労死関連での裁判が行なわれているが、医師ユニオンにとって重要な裁判に関しては積極的な支援を検討する。

また、ユニオン会員が不幸にも過労で倒れたときには、残された家族の相談にのり、訴訟等を行なうことが望ましい場合には、弁護士費用の一定額(100万円を上限)をユニオンが援助する。

4,調査・研究活動に関して

結成されたばかりの医師ユニオンにとっては、医療や労働に関する調査・研究は極めて重要な課題である。しかし、現時点ではユニオン単独でこれを行なうことは現実的ではない。そのため、各種学会や研究者との協力により医師労働に関する様々な調査・協力を進める必要がある。

今期は、下記の課題の中から可能なものに関して研究者との協力関係作りを行ない、調査・研究を追求する。

?ユニオンのあり方や活動方法に関する調査・研究。

?研修医の労働問題に関する調査・研究や提言作り。

?大学院生等の労働条件に関する調査・研究や提言作り。

?国際的な医師労働の調査・研究。