全国医師ユニオン 第3期運動方針

2010年11月28日 全国医師ユニオン第3回総会

1,医師労働を取りまく情勢の変化

この間の政権交代にともない民主党政権下で初めての予算編成が行なわれた。これまでの政権が行なってきた社会保障費2200億円の削減が止められたことは評 価すべきである。しかし、民主党マニュフェストでは、医療再生のために1兆2000億円程度の緊急予算が謳われていたが、現実は診療報酬0.19%増とい う微増に終り、医療関係者の大きな期待を裏切ることになった。

中医協の議論においては、一部の委員の奮闘により勤務医の負担軽減が大きな柱とされ、大病院を中心に診療報酬の増額が行なわれたことは一定の評価ができるが、大病院においても勤務医の労働条件はほとんど改善されていない。中小病院は、引き続き経営困難にさらされている。

全 体として診療報酬増に関しては、ほぼゼロ回答であったため、小さなパイの奪い合いの構図は否めず、大病院と中小病院、また勤務医と開業医などの立場の違い が強調され、これまで医療再生に向けられて強まっていた医師の連帯が弱められたと考えられる。このままでは公的医療費をムダと考える財務省の分断政策を変 えることはできない。

年々高度になる医療サービスに応えるためには、医療界、医療従事者全体の努力が必要となる。医師数だけを単独で取り上げるべきではないが、医 師不足の解決に関しては、抜本的な医師養成増の議論は先のばしとなり、今後文部省で検討されることになっている。この間、厚労省の医師数必要調査では、2 万4000人が不足と発表され、日医も現在の医師養成で十分であるとの見解を出しているが、これらは民主党のマニュフェストにある医師数の1.5倍化に全 く逆行する動きといえる。ここでの問題は、厚労省や日医の必要医師数算定に、勤務医の過労死の防止や労働基準法遵守という考えが全く入っていないことであ る。医療崩壊の主要な原因が医師の過重労働であることを考えれば、医師の労働問題を論ずることなく医療再生へ向かう政策を作ることはできない。また、法治国家における労働問題として、さらに安全性の高い医療を提供する立場から厳しく問われるべきである。

こ の間2つの重要な裁判結果が出ている。一つは中原過労死裁判の最高裁における和解であり、もう一つは、奈良病院の産婦人科医師の時間外労働不払訴訟に関す る大阪高裁での判決である。中原過労死裁判では、一審・二審の敗訴後に最高裁では極めて異例の和解がおこなわれ「我が国におけるより良い医療を実現する観 点」との言葉が述べられている。奈良病院に関する判決では、一審判決に続き高裁でも当直時間がすべて時間外労働時間と認められた。これらの和解と判決結果 は、医師労働の改善にとって前進と言えるものであり、今後の運動方針に反映されるべきものである。

2,この一年間のユニオンの活動

この一年間のユニオンの活動は、医師労働に関する情報発信を中心に行ない一定の成果を上げることができたが、医師の過重労働を本格的に改善させるには、まだ初歩的な運動にとどまっていると言わざるを得ない。

1)厚労省要請行動

今年5月の厚労省への要請行動では、全国医師連盟と共同で勤務医の36協 定に関する情報公開と労働基準法遵守の指導の徹底を中心とした14項目わたる要望を行なった。厚労省側からは労働基準監督局と医政局の担当者が対応した が、積極的な回答は得られなかった。しかし、医師労働の主要な問題点を明らかにし、監督官庁へ要請を行なったことは大きな意義があり、今後も継続的に行動 を行なっていく必要がある。また、これにあわせて36協定における月の時間外労働100時間を超える医療機関名を公表した。これは勤務医の健康と命そして 医療の安全確保を脅かす過重労働を早急に是正する必要性を社会的に訴えることを目標にしたものであり、その役割を果たすことができたと考えられる。

2)学習活動

学 習活動としては、1月24日に第1回医療労働研究会を全国医師連盟と共催で行なった。講師は過労死弁護団代表幹事で日本労働弁護団副会長の岡村弁護士にお 願いし「医師労働と労働基準法そして過労死 〜36協定の現状をどうみるのか〜」の講演を行なって頂いた。また、全国医師連盟の黒川代表に「勤務医を中心 とする医療改革」の講演を行なって頂いた。いずれも勤務医の労働改善にとって有益なものであり好評であった。

3)声明等の情報発信

この間、1つの調査結果の発表と3つの声明発表、さらに1つの情報公開を行なった。また、1つの行政への要望を行なった。2009年11月22日に全国医師連盟と協同で「医療機関における36協定全国調査結果」を発表し、同時に全国医師ユニオンとして「医療機関における全国的な労働基準法違反および勤務医への賃金不払いに抗議する」声明を発表、2010年5月17日には「月の時間外労働が100時間越えの36協定を している医療機関」を公表した。同年7月20日に「中原利郎氏損害賠償訴訟に関する声明」を発表、さらに同年10月7日に「厚労省の『必要医師数実態調査」に関する声明』」を発表した。また同年11月18日にJAL再建に関しての要望書を国土交通省大臣宛に送った。それぞれの発表はマスメディアにも取り上げられるなど、勤務医の立場にたった唯一の情報発信として有効であったと考えられる。

4)ニュース及び出版活動

ニュー スの発行および出版活動では、全国医師ユニオン・ニュースとして、結成後1年間の活動をまとめたA4・8ページのニュースを発行し、会員はもとより約 2500の病院医局に郵送した。昨年は医師に労働法を知ってもらうために「医師の働く権利 基礎知識」を出版し寄贈も含め約1700部を普及したが、さら に多くの医療関係者に普及するために今年9月に一般の出版社から改定版を出版した。今回の出版は商業本であり著作権の関係から全国医師ユニオンの出版本と はならないが、著者より200冊の寄贈を受けており引き続き普及に努めるものである。また、第1版の残り200数十冊は、全国の医学部図書館へ寄贈した。 また、4月に勤務医の勤務時間を記入する「勤務医ワークノート」を作成し販売・普及に努めている。

5)他団体との協力・共同の課題

他団体との協力・共同の活動としては、7月31日に日本乗員組合連絡会議主催の「命と安全を守り労働のルールを考えるシンポジウム『いのち?』」に共催団体として加わり、基調講演の一部とシンポジウムを担った。

先 に述べたように、診療報酬の議論の過程で医師の連帯感が弱まる中で、その打開策の必要性を感じ、全国医師連盟の黒川代表、本田宏栗橋済生会病院副院長と共 に議論を重ねた結果、医師・医療人の団結さらに医療を守る国民運動を目指し「医療再生フォーラム21」を起ち上げた。これに際して全国医師ユニオン代表が 発起人として参加するのみならず、ユニオン事務所で事務局を担い積極的に支援する体制を取っている。勤務医の診療環境の改善は、公的な医療費・研究教育費 の抜本的な増額が必要であり、他の医療団体との協力・共同は重要である。このフォーラムには日本の医療を代表する医師が呼びかけ人として参加し、大きな一 歩を踏みだすことができた。さまざまな考えを持つ医療人をまとめ運動を広げることは大きな困難をともない楽観はできないが、これを成功させるためにユニオ ンとしても積極的な役割を果たしていく必要がある。

小 児科医師中原過労死裁判の最高裁における和解により、小児科医師中原利郎先生の過労死認定を支援する会の最後の総会とシンポジウムが開かれ、ユニオン代表 がシンポジストとして参加した。このシンポジウムでは、原告中原のり子さんの今後の活動が一つのテーマとなったが、ユニオンのサポーターとなることを依頼 し、了解を得ることができた。

6)組織拡大

この課題は全国医師ユニオンにとって最も困難で、最も遅れた分野となっている。日本においては長期間にわたり勤務医が労働者であることが認識されてこな かった現状がある。また、今も労働法の知識がなかったり、労働者として労働法に基づき診療環境を改善することに躊躇する医師がほとんどである。私たちは勤 務医が労働者であり労働法により守られる存在であることを啓蒙し、医師の労働問題を情報発信することから始めなければならなかった。また各医療機関での活 動の積み上げにより全国組織を作るという一般的な組織の在り方ではなく、いきなり全国組織を起ち上げ活動を開始しなければならなかった。

こ のような現状が、会員数の大幅な増加が困難な理由と考えられる。しかし、組織運営上の様々な困難はあるが、私たちの運動は医師だけでなく患者・国民の利益 と対立するものではなく医療再生のために必要な正論に基づいたものであることに確信を持つべきである。そして大局的な歴史観を持ち一歩一歩前進していく必 要がある。医師の労働組合の必要性と具体的な活動方法を粘り強く情報発信し、会員の拡大に繋げる必要がある。現状では北海道から沖縄まで全国に会員が孤立 しており、各医療機関での協力した取り組みがおこなえない状況がある。各地での講演会やユニオン説明会など積極的に行ない各医療機関や県単位での支部作り を目指し、会員同士の顔の見える活動や交流を進める必要がある。

7)各医療機関での取り組み

第2期 方針で、各医療機関で団体交渉を行なうことを掲げたが、まだ個々の医療機関での独自の取り組みは行えていないのが現状である。全国医師ユニオン全体の情報 発信として、本や勤務医ワークノートの普及、ニュース・声明発表に重点を置かざるを得なかったが、これまでの情報発信を生かして各医療機関での独自活動の 強化が求められている。

ま た、国際的には安全性の面から、医師の労働時間に対する規制が強まっている。過重労働は医療ミスを増やし、医師にとっても患者にとっても不幸な事態を引き 起こす。安全性の面から過重労働をなくす必要性を社会的に認識させ病院管理者にも積極的に働きかけを行なう必要がある。

3,第3期の重点活動について

今日の情勢や第2期 の活動から求められる今後の活動は、引き続き勤務医労働の改善に関する情報発信を行ない日本における異常な勤務医労働の問題を社会的に認知させることであ る。また、これに連動した会員の拡大と地域や医療機関での支部作りをすすめ、各医療機関での団体交渉を成功させる必要がある。さらに、引き続き他団体との 協力・共同の関係を強めることが求められる。

特に2012年の診療報酬改定は、2年に1度の重要な機会である。全医療人と協力し医療再生の運動を行なうことはもとより、全国医師ユニオンとして、その先頭に立ち、これまでにない運動を作り出す必要がある。

医師数問題に関しては、立場の違いにより様々な意見が出ているが、私たちは勤務医の視点から医療再生に必要な提言を行なうために今後も議論を深めていくものである。

以下に、今期の活動の重点課題を示す。

1)「ドクターズ・デモンストレーション2011」の呼びかけ

日本においては1971年の保険医総辞退の運動以降、医師の大きな抗議行動は起きていない。私たちは医療崩壊と呼ばれる医療の危機に際して医師のデモンストレーションを呼びかける。これは41年 間の医師の沈黙を打開し、国民との協力を目指し、医療再生の足掛かりを作るものである。私たちはこれまで声を上げてこなかった医師自らが行動を起こすこと を重視して、医師のみによるデモ行進を提起する。私たちは、医療人全体の運動を軽視するものではなく、様々な団体や職種が様々な行動を起こすこと、また統 一行動を行なうことを歓迎するものである。2012年の医療・介護報酬の同時改定は、日本の社会保障制度にとって、極めて重要であることは言うまでもないが、日本の福祉国家としての国の在り方が問われており、医療・福祉労働者が国民と協力して世論を形成することが重要であると考える。

私たちは総会終了後に、医師が関係する主要団体に幅広く呼びかけを行ない実行委員会を結成し、来年秋に1000名規模の医師のデモを目指すものである。

2)勤務医労働における労働基準法違反を是正する取り組み

医 師労働における労働基準法違反は目に余るものがあるが、医療崩壊と言われる事態に至っても改善は進んでいない。医療崩壊と言われる状況を打開するために も、当直など過重労働を担う医師への不払労働をなくし、勤務医のインセンティブを高める必要がある。中医協での議論で勤務医の労働条件の改善が主要目的と され、高度医療や救急医療を担う大病院の収入増を目的とした診療報酬改定が行なわれ、実際に大病院の収入が大幅に増加した。それにもかかわらず、常識を越 えた勤務医の長時間労働やそれにともなう時間外労働の賃金不払が一部の医療機関を除き改善していないことは、重大な問題である。一般の勤務医はもちろん管 理職としての権限の強い大学教授レベルでも大きな不満が起きている。これは、今期予算に未確定の増収分が人件費予算化されていないためとも考えられるが、来年4月以降に勤務医の診療環境改善が大幅に進まない場合は、病院管理者の不作為と言わざるを得ない。

大阪高裁において、奈良病院の産婦人科医師の当直は全て時間外労働と認められている。救急対応や重症患者への対応を前提とする当直は全て時間外労働をして法に定められた賃金が支払われなければならない。

も し病院管理者が労働基準法を無視し続ける医療機関があれば、私たちは法的な対応を取らざるを得ない。私たちは、問題をかかえる医協機関の勤務医に労働基準 監督署への告発を行なうこと、必要に応じては裁判所へ告訴することを呼びかけることも検討せざるを得ない。これまで、多くの医師は、病院の経営を心配し自 らの権利を主張することをためらってきた。しかし、国の政策として勤務医の労働改善のために大病院の大幅な収入増がもたらされたにもかかわらず労働基準法 が遵守されないのであれば、これは病院管理者のモラルハザードとしか言えない。私たちは法治国家の下で毅然とした態度を取るべきであると考える。勤務医の 診療環境の改善は様々な方策が考えられるが、労働基準法の遵守は最も優先されるべき課題である。

私たちは、厚生労働省の労働基準局と医政局に監督官庁として責任のある対応を求めていくと同時に、過労死弁護団や日本労働弁護団との協力関係を強化しながら、問題解決を目指すものである。

中小病院に関しては、深刻な経営困難が続いており、次期診療報酬改定への運動を優先すべきであると考えるが、これは一律的な問題ではなく、改善できるものは積極的に要求を行ない、改善をすすめていくことは当然である。

3)医療安全と過重労働

日本は、労働時間に関するILO勧告を全く批准しておらず、長時間労働は医師のみの問題ではなく、日本の社会の働くルールに大きな問題があるとも言える。しかし、医療の安全性に関しては、安全性を高める環境が必要であることは言うまでもなく、過重労働や連続労働がミスを誘発することは明らかである。欧米においては、安全性の視点から医師の労働時間を規制する動きが強まっている。米国では研修医の1週間の勤務時間が80時間を超えてはならないとされている。また16時間以上の連続労働は行なうべきではないとの勧告が出されている。今日の先進国では当直明けの連続通常勤務などは安全性の面から許されるべきではない。そ もそもヒューマンエラーは必ず起こるものであり、これを減らすために様々なシステムが考えだされている。不眠をともなう長時間の連続労働は不要なミスを増 大させ患者にとっても医師にとっても不幸な事態を引き起こす。しかし、日本では安全性の視点から医師の労働時間を管理する動きが全く見られない。

本来は過重労働をなくすことが必要であるが、医師不足の下で実 態として長時間連続労働を強要されている医師の医療ミスに関しては免責されるべきであると考える。医師法における応召義務と刑法における業務上過失致傷罪 は、労働法が無視された過重労働下で働くことを余儀なくされている医師に求めることは非科学的かつ非合理的であると言える。医師を取り巻く法体系の不備に ついて改善を要求していく必要がある。

4)過労死問題への取り組み

中原過労死裁判は、医師の過重労働を社会的に認知させる上で大きな役割を果たした。病院管理者の責任を問う訴訟では最終的に最高裁における和解が成立し闘いを終えることになった。最高裁の和解条項には「裁判所は、我が国におけるより良い医療を実現するとの観点から、当事者双方に和解による解決を勧告した」と述べられており、現在の医師の過重労働の問題を放置できない問題として最高裁も認識していることが示されている。

私 たち全国医師ユニオンは、医師の過労死問題に取り組むために過労死相談室を設置し、中原過労死裁判の原告である中原のり子さんの協力も得て積極的に対応し ていくものである。また、中原過労死裁判を風化させずに多くの医療関係者に知ってもらうために中原過労死裁判報告会を全国で開催できるように積極的な役割 を果たしていくものである。

5)組織の拡大・強化について

組織の拡大・強化については、先に述べたように最も遅れた困難な課題である。私たちはこれまで語られることのなかった勤務医と国民の利益となる発信を続けることを基本に、組織の拡大・強化を進める必要がある。今期は、特に以下の点を強化して行くこととする。

?各医療機関や県レベルでの支部作りの促進

一定数の会員がいる医療機関や県においては、学習会や交流会などを行なうなどして、会員間の親睦をはかり支部結成を進める。

?各医療機関での団体交渉の先進例作り

可能な医療機関においては団体交渉を行ない、先進的な取り組はホーム・ページの会員専用コーナーを通じて、会員に情報提供を行なう。

?全国医師ユニオン・パンフレット作りと普及

全国医師ユニオンの活動や医師労働の問題点を分かりやすく説明し、入会を勧めるパンフレットを作り、普及する。

?ホーム・ページの充実

医師労働情報のライブラリー化、会員制コーナーの活用、会員間の情報交換等の促進をすすめる。

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