全国医師ユニオン 第4期運動方針

                                      2011.11.20
1、医師労働をめぐる情勢
 全国医師ユニオンが結成され2年半がたちますが、勤務医の労働条件の大きな改善はみられていません。勤務医労働において労働基準法を守るという意識を持つ病院管理者は極めて少数にとどまっています。また、監督官庁である厚労省においても労働基準局の労働基準法遵守という立場はあるものの、この実現を可能にする医療政策は全くみられません。一部に勤務医の負担軽減の議論があり、このことを軽視するものではありませんが、労働基準法遵守という視点が全くないことは大きな問題と言わざるを得ません。
 昨年は、労働基準法の改正また小児科医師中原過労死裁判の最高裁での和解がありました。今年は奈良県の産婦人科医師の時間外労働裁判に関する大阪高裁での原告側実質勝利判決がありました。しかし、勤務医の長時間連続労働をはじめとする過重労働の是正や時間外労働に関する不払い問題は、ほとんど改善されていないのが現状です。
 過労死に関しては、昨年7月に小児科医師中原過労死裁判で最高裁は「我が国におけるより良い医療を実現するとの観点から」和解を勧告したと述べています。しかしそれにもかかわらず、その4カ月後の昨年11月には青森県で研修医の過労死が起き、現在労災認定を求めています。また、昨年の労働基準法改正は、ILO勧告を受け入れず労働時間の上限を設定することなく、長時間労働に対する割り増し賃金の増額で、長時間労働を減らすインセンティブを働かせる方法がとられました。しかし、勤務医の労働時間の管理が適正に行われず、不払い労働が横行している現状では、労働基準法の改正は勤務医にとって何ら意味をなしません。特に、当直における時間外労働を宿直扱いとして正規の労働時間に含めないという違法がいまだに多くの医療機関で公然と行われています。
 また、過重労働は医療ミスを引き起こし、医療の安全性を低下させる危険因子です。患者を守るためにも、安全性の観点から過重労働に関する実態調査や研究を行い、安全性の高い勤務形態を早急に作る必要がありますが、厚労省の政策には安全性の視点から医師の過重労働を規制する動きは全くみられません。今日の先進国では、当直明けの連続通常勤務など安全性の面から許されるべきではありません。国際的には医師の労働時間に対する規制は強まっています。際立った異常な医師労働の問題を厚労省は正面から受け止めて、医療政策として解決すべきですが、中医協や社保審においても根本的な問題は全く議論されていません。
以上のように、医師労働の問題を法律に基づき根本的に改善する政策議論は国政の場でも行政の場でも行われていないのが実状です。
 このような中で、厚労省が賃金不払残業などの情報提供メールを24時間受け付ける「労働基準関係情報メール窓口」を11月に開設しました。この窓口が、現状 の改善にどのような実行力を持つものかは不明ですが、前向きの動きであると考えられます。この制度を利用し、現状の改善につなげる必要があります。また、 実効性に関して注意深く見守り、必要な要望を行う必要があると考えられます。
2、この一年の取り組み
 第3期の重点活動としては、1)ドクターズ・デモンストレーション2011、2)勤務医労働における労働基準法違反を是正する取り組み、3)医療安全と過重労働、4)過労死問題への取り組み、5)組織の拡大・強化の5点を 取り上げました。この1年に限れば、十分に取り組めた活動とあまり力を発揮できなかった課題があります。ドクターズ・デモンストレーション2011に関し ては、事務局を担い大きな役割を果たすことができたと考えられます。一方で、勤務医労働における労働基準法違反を是正する取り組みや、医療安全と過重労働・過労死問題への取り組みは、厚労省への要請や個々の会員の医療機関での取り組み、また全国医師ユニオン会員の講演や出版活動等の取り組みのみで、現状を変えるほどの大きな運動や成果を上げることができたとはいえなかったと考えられます。現在の全国医師ユニオンの主体的な力量の問題もありますが、より効果的な運動を考える必要があるでしょう。
1)ドクターズ・デモンストレーション2011
 第3期の運動方針に基づき、2012年の診療報酬の同時改定で医療再生に向けた改定が実現するよう医師1000名のデモを目標に、様々な団体に協力要請をお こないました。いくつかの団体からは協力団体となることを了解する返事がよせられましたが、団体主導では団体構成員のみの運動となることが危惧されたために、医療再生の運動で活躍する医師・歯科医師に呼びかけ人になってもらい実行委員会を立ち上げることにし、全国医師ユニオンはその事務局を担うことになりました。その後、3.11の大震災があり当初の予定を大きく変更することを余儀なくされましたが、震災復興を一つの柱とする運動として以下の4つの企画を行うことにしました。
?被災地宮城県で9月23日に「震災復興と医療再生」と題するシンポジウムを行いました。
?医師・歯科医師から医療再生へのメッセージを集め医療再生へ向けた要請文を作り、メッセージとともに厚労省・財務省をはじめ全ての国会議員に送ります。
?医師・歯科医師が走って医療再生をアピールするドクターズランニングを全国4か所で実施しました。
?最後に、11月20日(日)に医師・歯科医師1000名、医療従事者・市民2000名によるドクターズウォーク(集会とデモ行進)を行います。これは、国民皆保険実施の年である1961年の医師の大規模デモ以来の医師・歯科医師のデモ行進になると思われます。
 ドクターズ・デモンストレーション2011にはこれまでに、600名以上の 医師・歯科医師が賛同人に名を連ねています。ドクターズ・デモンストレーション2011の運動は、来年の診療報酬同時改定に一定の影響を与えるのみならず、今後の医療再生の運動への大きな一歩となったことを確信するものです。この運動で全国医師ユニオンが果たした役割は大きく、オピニオンリーダーとして医療界での地位が向上し、勤務医からの認知度が高まったことは間違いないでしょう。
2)厚生労働省要請行動
  昨年に引き続き、全国医師連盟と合同で厚労省へ要請行動を行いました。今回は小児科医師中原過労死裁判の原告の中原のり子さんにも同行していただき、過労死問題で発言をしていただきました。要請内容は過労死を防止する過労死撲滅推進宣言を出すことをはじめとして、長時間労働の是正、違法な宿直を時間外労働とすることなど労基法遵守を中心とする医師労働問題を労働基準局へ要請しました。また過労死予防や労働基準法遵守のために、救急病院等24時間体制を前提とした医療機関で交代制勤務をとった場合に必要となる医師数の調査、また労働基準法が守られない過重労働下で、応召義務や業務上過失致死傷罪を適応することの矛盾の解消など、医師労働に関する医療政策上の要請を医政局に行いました。私たちの要請に対する答えは、決して満足のいくものではありませんでしたが、医療福祉関係における違法が2009年に1475件中82.4%であることが明らかにされ、また「悪質なケースでは匿名の告発でも労基署が動くことがある」との発言を引き出したことは私たちの運動にとって一歩前進であり、重要な成果であったと考えます。さらに、厚労省要請に関する記者会見をメディアが報道したことは情報発信の視点からも大きな意義がありました。
3)ユニオン会員の医療機関における活動
 現在、一部の医師ユニオンの会員が自らの医療機関で労働条件の改善を求める運動を行っています。形式として、社労士や弁護士の援助を受け個人的に病院管理 部と交渉を持っているケースと全国医師ユニオンの会員として団体交渉という形をとって病院管理部と交渉を持っているケースがあります。どちらも全国医師ユ ニオン執行部と連絡を取りながら交渉を進めています。
 まだ、全国医師ユニオンとして大きな規模での団体交渉を行うには至っていませんが、会員の個々の交渉を援助すると同時に、経験や実績を積み上げ、会員の相談に十分な援助が行えるように体制を築く必要があります。長期的には多くの医療機関で医師労働に関する定期的な団体交渉が行われ、日本の医師労働が正常化 することを目指す必要があります。
4)他団体との懇談・交流
 現在、全国医師ユニオンでは唯一、秋田県に病院支部ができています。今年8月30日に秋田県でのドクターズ・デモンストレーション2011の秋田県実行委員会の結成依頼も含め、秋田の会員の方と懇談を行ないました。
 また、10月13日に長野県の佐久総合病院の労働組合と懇談を行いました。佐久総合病院労組はユニオンショップ制をとっており、医師も病院長と副院長以外は全て労働組合に入っており、約200名の医師が組合に入っています。また、労働組合の執行委員にも医師が入っています。
 懇談ではドクターズ・デモンストレーション2011への参加と佐久総合病院労組と全国医師ユニオンへの二重加盟の可能性について話し合いを行いました。二重加盟に関しては今後も話し合いを続けていくことになっています。
5)会員の拡大について
 残念ながら、会員の拡大は進んでいません。この問題をどのように考え、打開をはかるのかが問われています。一般的には、勤務医の労働問題の相談にのり、労 働条件の改善のために全国医師ユニオンに入会してもらうことが基本であると考えられますが、これをどのように軌道に乗せるのかが今後の課題となっています。多くの勤務医が労働基準法に関する知識を持たず、また労働組合の必要性について理解していない現状を粘り強く変えていく必要があります。
 また、ドクターズ・デモンストレーション2011の事務局を担う中で、自ら行動する積極的な勤務医とのつながりができており、この方たちに医師の労働組合の 重要性を理解してもらうことも重要であると考えられます。さらに、すでに病院の組合に入っている医師は、労働組合に対する偏見もないと考えられるため、病院の労働組合と全国医師ユニオンへの二重加盟に関して、本格的に検討する必要があるでしょう。
6)情報発信に関する活動
 情報発信に関しては、第2期では実態調査結果の発表をはじめ3つの声明を発表しましたが、今期はドクターズ・デモンストレーション2011の呼びかけと厚労省への要請文の記者会見での発表を行うにとどまりました。震災と医師労働に関する声明発表の必要はあったと考えられますが、力量的に被災地の実情把握ができず声明発表には至りませんでした。昨年11月の青森県での研修医の過労死に関しては、過労死弁護団が青森県で記者会見を行っており、全国医師ユニオンとしては独自の声明は出さずに厚労省への要請文に含めることになりました。
 その他の情報発信としては、代表の植山が、『起ち上がれ!日本の勤務医よ』を出版しています。出版社側からドクターズ・デモンストレーション2011に 合わせて全国医師ユニオンンに関する本を書かないかとの依頼があり、出版となったものです。あくまで個人の本ですが全国医師ユニオンの宣伝としても執筆された本ですので、筆者の植山の意向で、本の印税は全額を全国医師ユニオンに寄付することになっています。また、300冊を全国医師ユニオンに寄贈して頂きました。まだ会員が少なく財政面で厳しい状況が続いていますので、寄贈された本を積極的に販売しています。
3、第4期の中心的な活動に関して
 全国医師ユニオンの中心的な活動は勤務医の労働条件の改善、現状では労働基準法の遵守であることは明らかです。また、医療安全の追求は不幸な医療事故を減らすのみならず、医師の精神的・肉体的なストレスを減らす上でも重要な課題です。
 日本の医療は、先進国の中では異常な労働を勤務医に押しつけていることをより多くの医師・医療従事者・国民に知らせ、現状を根本的に変えるための活動を進 める必要があります。これらの活動は、労働組合として日常的に行う活動ですが、第3期の運動方針に掲げた「勤務医労働における労働基準法違反を是正する取り組み」、「医療安全と過重労働」問題への取り組み、「過労死問題への取り組み」を進めるために今期は以下の3つの取り組みを追求します。また、医師労働に関する情報収集や情報発信、学習・研究活動も効果的に進めます。さらに、医療再生の運動にも積極的に取り組むものとします。これらの活動を通じて、1人でも多くの勤務医を全国医師ユニオンの会員として迎えることに力を注ぐことは言うまでもありません。
1)大規模な勤務医の労働実態調査
 勤務医不足による医療崩壊が深刻になり、国が医師不足を認めたのが2006年であり、その翌年の2007年に病院団体や医労連による医師労働の実態調査が行われてから、来年で5年がたちます。また、医師労働の問題を法律に基づき根本的に改善する政策議論は国政の場でも行政の場でも行われていない現状を考慮すれば、新たに大規模な勤務医の労働実態調査を行い、現状を国民の前に明らかにし議会や行政を動かす必要があると考えられます。大規模な実態調査は全国医師ユニオンのみで行えるものではないため、多くの医療団体に協力を要請し合同で実態調査を行う必要があるでしょう。
 私たちは、第4期の中心的な活動として、大規模な勤務医の労働実態調査を多くの医療団体に呼びかけるものです。また昨年作成した、勤務医が自らの労働時間を記録する「勤務医ワーク・ノート」の普及とこれに基づく実態把握を呼びかけることにします。
2)厚労省要請行動の実施と国会質問の追求
 全国医師ユニオンは医師労働問題の改善に正面から取り組む唯一の団体として、今後も厚労省への要請行動を行っていきます。来年は上記の大規模な勤務医の労働実態調査をもとにした、勤務医の労働条件の改善に関するより具体的な提案等を行っていくべきであると考えます。
 また、実態調査に基づいた勤務医の労働条件改善に関する国会での議論も必要であると考えられます。各党にこの問題に関する国会質問等を要請することも検討します。
3)労働相談や団体交渉等への援助の強化
 全国医師ユニオンの最大のメリットは、労働組合として団体交渉権等の特別の権利を有することです。
 しかしこの間、この労働組合としての権利を使うことはほとんどありませんでした。団体交渉は、病院管理者側との交渉権であり、対立を意味するものではありま せん。異常な勤務医労働を改善するために日常的に交渉を行うことは、医療機関においては当然のことであり、むしろ正常なことです。
 私たちは、この団体交渉を各病院で行うことを呼びかけ、団体交渉を援助する取り組みを進めます。また、まだ会員でない一般の勤務医が相談を気軽に行えるようHPに相談コーナーを設けるなどの工夫を行います。
4)医療再生の運動に関して
 今日の勤務医の過重労働は、医療費抑制政策のもとで行われた医師数抑制政策によって引き起こされたものです。医師の労働問題は、日本の医療政策と大きな関 係があります。絶対的な医師不足の下で、医師が労働基準法を遵守すれば、診療が成り立たない医療機関や地域があることは、まぎれもない事実です。このような状況のなかで、全国医師ユニオンの活動は多くの医師をはじめ医療従事者、さらに国民の支持を受けることが求められています。もし、全国医師ユニオンの活動が多くの医師や医療従事者、国民に支持されないものであれば、医師の労働運動は広がることはなく全国医師ユニオンの存在自体も困難なものになるでしょう。従って、私たちは医師をはじめとする医療従事者や国民のための医療再生の運動と医師の労働条件の改善の運動を同時に進める必要があります。
これまでの医療政策は患者と医師を対立させるものでした。医療事故は医療スタッフ不足をはじめとする貧困な医療体制を無視して、医師の個人責任に矮小化されてきました。このために患者と医師の間に不要な対立が作られてきました。しかし、医療安全のためには患者・国民と医療者が手をつないで取り組む必要があります。当然、患者・国民は医療安全の視点から医師の過重労働を求めていません。むしろ安全性の高い勤務体制を望むでしょう。また、医師が医療再生の運動で行動することは、患者・国民の医師に対する信頼を高めることになるでしょう。このことは勤務医の置かれている状況に対する共感や理解を進めることになると考えられます。
 全国医師ユニオンは医療再生の運動を積極的に行うものです。とりわけ、医療崩壊を止めて医療再生を進める上でTPPは避けて通ることができない問題です。 日本医師会をはじめ多くの医療団体が医療を守る立場からTPP反対の運動を行っています。全国医師ユニオンも、国民皆保険を守る立場から多くの団体と協力して、この問題に取り組むものです。