全国医師ユニオン 第6期運動方針

2013.11.24

1、医師労働をめぐる情勢

 80年代から始まった医師数抑制政策の下で90年代より勤務医の過重労働は深刻化し、90年代後半より勤務医の過労死裁判が次々と起こるようになりました。その後、医師不足を背景とした医療崩壊が進み、政府・厚労省も2006年になって医師不足を認め、医師の養成数の増員や勤務医の負担軽減を掲げるようになりました。しかし、その後も過労死が起きるなど、とても勤務医の過重労働をはじめ労働条件の大きな改善がなされているとは言えません。勤務医労働において労働基準法を守るという意識を持つ病院管理者は極めて少数にとどまっています。また、監督官庁である厚労省においても労働基準局の労働基準法遵守という立場はあるものの、この実現を可能にする医療政策は全くみられませんでした。文科省での医師養成数の議論も労働問題の視点がないばかりか、労働団体関係者の意見は全く聞かずに議論が進められてきました。最近では労働者を使い捨てにするブラック企業が社会的に批判されていますが、公的な医療を担う多くの医療機関が法律を無視して勤務医に対してブラック企業なみの労働を押し付けている現状は異常であり日本の医療の恥部といえます。また、厚労省の政策には安全性の視点から医師の過重労働を規制する動きは全くみられません。国際的には医師の労働時間に対する規制は強まっています。今日の先進国では、当直明けの連続通常勤務など安全性の面から許されなくなっています。

 この間、医療事故調査に関して厚労省で議論が行われましたが、事故調査に関するWHOガイドライン(事故調査は再発防止を目的とし、個人の責任追及につながる原因究明は行わない)が無視された事故調査の制度が作られる可能性が高まっています。また、過重労働は確実に医療事故を増やしますがこれに関する議論はなく、来年には国会に医療事故調査に関する法案が提出されることになっています。安全性を無視した過重労働下の医療事故に関して、勤務医を守る立場から全国医師ユニオンが積極的な役割を果たすことが求められています。

 これまで、全国医師ユニオンは勤務医の労働基準法の遵守をはじめとして労働条件の改善を進める活動を行ってきましたが、今年に入り一定の動きが出てきています。2月には県立奈良病院の医師が「自分たちが行っている宿日直は実態として時間外労働に当たる」として起こした裁判において最高裁で原告勝利が確定しました。また厚労省は2月に6局長通知を出し、医師を含む医療従事者の労働環境の改善を指示しました。8月の報道によれば「2014年度からすべての病院に労働環境の見直し計画を作成するよう求める」、また「厚労省は今年度末までに、各病院が作成する計画の基本指針をまとめる」とされています。日本医師会は3月に「勤務医の労務管理に関する分析・改善ツール」を発表しましたが、その内容は労働基準法に基づいた労務管理のチェックリストとなっており、これまでになく労働問題に踏み込んだものとなっています。これらは歓迎すべき前進と言えるでしょう。これらの動きが、勤務医の負担軽減に結びつくのか慎重に見ていくと同時に、実効性を持たせるために積極的に発言していくことが必要です。また、その効果に関しては適切な時期に再度勤務医の労働実態調査を行うなどして明らかにしていかなければならないでしょう。

 いずれにせよ、私たちの主体的な運動が極めて重要であると言えます。今後はさらに医師の過重労働が安全性に及ぼす影響の科学調査や、医療事故の原因として過重労働が関係することなどを訴え労働条件の改善を進めていく必要があります。また、ヨーロッパの医師労組との協力関係を作るなどして、「働き方のグローバルスタンダード」を日本の医療界に確立することが求められています。

 

2、この一年の取り組み

 第5期の活動としては、?労働環境改善の取り組みとして、前期からの最重点課題である勤務医労働実態調査2012の分析を行い7月に最終報告を発表しました。発表の記者会見に先立って、最終報告に基づいた要請項目を作成し、厚労省への要請行動を行いました。?日常活動としての労働相談に応えるとともに、3月には「労働問題で闘うユニオン会員の実例報告会」を開催しました。?国民医療を守る活動としては、5月にドクターズ・デモンストレーションのシンポジウム「日本の医療・福祉の危機とゆくえ」を開催しました。?情報を発信する活動として、ホームページの活用やドクターズユニオン・ニュースの年4回の定期発行を行っています。また、先にのべた勤務医労働実態調査2012の最終報告の記者会見を3か所で行いました。また、「県立奈良病院医師の宿日直勤務の時間外手当請求」裁判の最高裁での原告勝利の確定に関しては声明を発表しました。さらに医学生から依頼された2つの講演及び医科大学で植山代表が医師労働に関する講義を行っています。?組織の拡大・強化はなかなか厳しい状況で会員数は微増ですが、ドクターズユニオン・ニュースの購読サポーターは徐々に増えています。

 これらの活動は、現状を大きく変えるには十分とは言えませんが、全国医師ユニオンのみが行う活動として重要であり、また主体的な力量からみれば、評価に値する活動であったと考えられます。

 

1)勤務医労働実態調査2012

 医療界のオピニオンリーダーや様々な団体の協力を得て実行委員会を立ち上げ、勤務医労働に関する大規模な実態調査を実施しました。昨年11月には、調査結果の速報を発表しましたが、今年7月には最終報告を発表しました。また最終報告をもとに厚労省への要請を行い、最終報告と厚労省への要請に関する記者会見を3か所で行いました。今回の調査の結果は予想を超える勤務医の悲惨な現状を明らかにしています。以下に、主な結果を示します。

「あなたの業務負担は、この2年間で変わりましたか」の問に「増えた」が41.6%であるのに対し、「減った」はわずか16.3%でした。しかも、すべての地域と診療科で負担減よりも負担増が多い結果になりました。また、今回の調査では、約9割は交代制勤務がなく、当直明け後の勤務も「1日勤務」が約8割を占めます。また、「ほとんど通常業務がない」宿直にあたるものは14.7%のみで、「当直」の85.3%は時間外労働であると考えられます。さらに、現場の医師からみれば医療過誤の4大原因は、「医師の負担増」(57.5%)、「時間の不足」(57.5%)、「スタッフの不足」(55.7%)、「過剰業務による疲労」(55.0%)となっています。そして、「健康に不安」や「病気がち」と答えた医師は半数近い46.6%にも上りました。また、「最近やめたいと思うこと」の問では「いつもあった」と「時々あった」で33.8%、「まれにあった」も含めると61.7%にものぼります。

 勤務医の負担軽減が進まないどころか、負担の増加が進み日本の医療そのものが危機的な状況に置かれている実態が明らかになっています。

 

2)厚生労働省要請行動

 勤務医労働実態調査2012の実行委員会は、実態調査結果に基づき、7月19日に厚労省へ要請行動を行いました。要請に対して厚労省側からは労働基準局・医政局・保険局から各担当者が出席し対応しました。冒頭に植山代表が勤務医労働実態調査2012の結果の概要を説明し、今回の要請内容の重要性と緊急性を強調しました。労働基準局の担当者からは、要請の基本的な主張は認めるとともに、特に病院管理者の労働問題への理解が不十分である現状から、労働時間管理者(病院長や事務長等)の育成を進めること、またモデル事業をおこないこれを広めていくことなどの説明がありました。この点に関しては、今頃になって管理者の育成を行なうことが方針であるとは、あまりにも対応が遅すぎることを指摘し、早急に実効性のある抜本的な対応を求めました。

 また、医師養成数の増員に関しては、医政局の担当者から、H18年の将来医師数の予測をもとに医師の養成増を行なうことはないとの回答がありました。H18年の医師数予想は、労基法遵守や安全性などの視点などがなく、現場の実態と乖離していることを指摘し再度の必要医師数予想を行なうべきであると主張しました。

次いでこの間、勤務医の負担軽減を主な目的としてH22年の診療報酬改定において約4000億円の予算が付きましたが、勤務医の負担はむしろ増加しており、不払い残業も横行しているなど、このお金はほとんど勤務医に回ってきていないこと。予算の流用が行なわれており、厚労省として実態の解明と責任を明らかにすること、そして負担軽減に直結する政策を速やかに実行することを強く求めました。

 

3)ドクターズ・デモンストレーション

 ドクターズ・デモンストレーションは、2011年に全国医師ユニオンが呼びかけを行い立ち上げあげた実行委員会です。その後、多くの方から継続の要望があり常設組織となり現在は全国医師ユニオン代表の植山直人、本田宏(済生会栗橋病院院長補佐)、住江憲勇(保団連会長)の3名が代表世話人を務めています。今期、参議院選挙前の5月26日に開催したシンポジウムには、前日弁連会長の宇都宮健児氏、日本医師会副会長の中川俊男氏、佐久総合病院・国民医療研究所の色平哲郎氏、宮城県保険医協会副理事長の井上博之氏(歯科医師)が参加しました。また主要政党6党から国会議員が参加し、各党の政策や議員個人の考えを述べました。会場には400名の医師をはじめとする医療関係者と一般市民が参加し充実したシンポジウムとなりました。

 また、11月14日には衆議院第一会館の大会議室において「霞が関が教えない医療の真実 〜現場の医師・歯科医師は発言する〜」と題する国会集会を開催しました。この集会には約200名が参加し、国会議員も8名が駆けつけ挨拶を行いました。集会では植山代表が、勤務医の負担軽減が進まずむしろ負担増になっている実態を報告し、医療再生のためにも勤務医の負担軽減を確実に進めることを求める発言を行いました。集会では医療の再生と2025年問題に対応する政策を求めるアピール文を採択し、集会後にはこのアピール文を持って内閣府と財務省に要請を行いました。財務省では植山代表が、H22年度の診療報酬改定では勤務医の負担軽減等に4000億円の予算がついたが、勤務医の負担軽減は全く進んでおらず4000億円は何に使われたのか不明であること、負担軽減を進めるために実効性のある政策を実行する事を要請しました。

 

4)ユニオン会員の医療機関における活動

 この間、医師ユニオンの会員が自らの医療機関で労働条件の改善を求める運動や訴えを起こしています。形式として、一勤務医として病院内で積極的に環境改善の声を上げるケースや、実質的な退職の強要に対して団体交渉を通じて対応するケース、さらにパワハラや不当解雇に対して弁護士を通じて対応しているケースなどがあります。どちらも全国医師ユニオンとして会員本人の希望を最優先として援助を行なっています。

 一例では、自治体病院の管理者等が当ユニオン会員に対するパワハラを行ったことに対して裁判を起こし調停を勝ち取っています。調停文では、自治体病院側が「良好な職場環境形成」ができなかったと遺憾の意を表明しています。自治体病院がこのような調停文に同意したことは、極めて異例であると思われます。この調停は、医師の世界の旧態然とした縦社会意識が法的にも社会常識としても通用しないことを示し、医師に関する労務管理や労働環境の改善に警鐘をならすものと言えます。

 

5)情報発信に関する活動

 情報を発信する活動として、基本はホームページでの全ての人を対象とした公的な情報の発信、また全国医師ユニオン会員、サポーター会員や関係団体を対象としたドクターズユニオン・ニュースの年4回の発行を行っています。また、先にのべた勤務医労働実態調査2012の最終報告の記者会見を3か所で行いました。さらに医学生から依頼された2つの講演、昨年に引き続き医科大学で代表が医師労働に関する講義を行っています。

 

6)組織活動

 会員数を増やすことはなかなか困難な課題であり、今期は微増にとどまっています。日本では、医師が労働組合に入るハードルは極めて高いと考えられます。一方で、ドクターズユニオン・ニュースを定期購読するサポーター会員や医療機関などの購読者は徐々に増えてきています。

 全国医師ユニオンには、秋田県と宮城県に支部がありますが、県単位での支部の結成はなかなか困難な状況にあり、昨年は県を超えたブロック単位での連絡会議を結成しましたが、今後も顔の見える活動を進める必要があります。

 

3、第6期の中心的な活動に関して

 全国医師ユニオンは、今期も労基法遵守を主張し労基法の知識や関連通達の情報などの発信を進める一方で、環境改善に役立つ情報等も発信し様々な会員の要望に応えることを追求していくものです。今期は主要な活動として以下の課題に積極的に取り組みます。

 

1)勤務医労働実態調査2012の結果の活用

 今回の実態調査では勤務医の負担は軽減されるどころか、多くの勤務医にとって負担増となっている実態が明らかになりました。この実態調査の最終報告には、これまでの調査にはない労働の視点からの雇用別・医療機関別・診療科別の詳細なデータが掲載されており、今まで知ることができなかった実態を明らかにしています。この貴重な調査結果を様々な機会を通じて積極的に利用することは極めて重要です。

 私たちは勤務医の労働問題に正面から取り組む唯一の団体として、実態に基づいた勤務医の労働条件の改善を求めていきます。

 

2)医療事故調査制度に関して

 この間、厚労省においては医療事故調査に関する議論が行われ、来年には国会での審議が予定されています。しかし、このままでは事故調査におけるWHOのガイドライン(事故調査は再発防止を目的とし、個人の責任追及につながる原因究明は行わない)が無視され、個人の責任追及を容認する制度となる可能性が高く、多くの医師や医療団体がWHOガイドラインの遵守を求めています。全国医師ユニオンとしても、医療事故調査においては再発防止の制度として機能させるためにWHOのガイドラインを遵守すべきであると考えます。

 一方この間の議論では、医師の過重労働と医療事故の関連に関する議論は行われていません。医師の過重労働が医療事故を増やすことは国際的にも常識であり、先進国では勤務医の労働時間に規制がかけられています。勤務医の労働実態調査2012においても現場の医師が考える医療事故の4大原因は「医師の負担増」「時間の不足」「スタッフの不足」「過剰業務による疲労」となっています。患者の命を守るために医療現場で労基法違反の長時間労働を強いられている医師が医療事故を起こした場合、その善意の医師は裁かれるべきではありません。

 また、この間の医療事故に関する議論では、院内事故調査委員会と第3者機関が事故調査を行うことになっていますが、勤務医の権利は守られるのか疑問です。医療事故に関しては、これまでにも大野病院事件や女子医大事件等で冤罪が起きています。当事者である医療従事者と医療機関が対立し、医療機関等の都合によって弱い立場にある医療従事者が責任を負わされて冤罪が起きているのです。

 これまで、このような視点から公の場で本格的な議論は行われていません。全国医師ユニオンとしては、問題提起を行い建設的な議論を進めるためにシンポジウム「医療事故と勤務医の権利〜過重労働下の医師も裁かれるのか・冤罪は防げるのか〜」を開催します。また、この問題を学習・研究し、情報発信を進めていきます。

 

3)過重労働の安全性に及ぼす科学調査

 勤務医の過重労働が、医療の安全性を損なうことは明らかですが、日本においては勤務医の過重労働が勤務医の身体にどのような悪影響を及ぼしているかの科学的な研究はありません。パイロットに関しては、国際線勤務や時差が睡眠に与える影響の研究が、日乗連(パイロットの組合)と労働科学研究所の協力によって行なわれています。この課題は以前から求められていたものですが、まだ具体的に研究を行うには至っていません。私たちは、勤務医労働実態調査2012に引き続き、勤務医の過重労働が安全性に及ぼす影響の調査・研究を進める立場で、この課題に取り組んでいきます。

 

4)医師労働に関する弁護士との協力強化 労働相談や団体交渉等への援助の強化

 全国医師ユニオンの最大のメリットは、労働組合として団体交渉権等の特別の権利を有することです。

 この間、数名の当ユニオン会員が裁判や団体交渉を通じて、貴重な成果を勝ち取っています。今後も会員からの相談や支援の要請に対して積極的に援助を行えるように弁護士との協力関係を作るなど、体制を強化していきます。

 

5)EU諸国の医師労組の調査・交流の追求

 EUにおける勤務医の労働時間は待機時間も含めて週48時間と定められています。しかし、EUの医師労働の実態や医師の労働組合の現状に関しては、ほとんど情報を持ち得ていません。日本の勤務医の異常な勤務を変えるには、EUをはじめとする先進国の勤務医労働のグローバルスタンダードを日本に定着させる必要があります。そのためには、EUの実態を詳しく知り、多くの医師をはじめとする医療従事者や国民に情報発信することが必要です。現状の全国医師ユニオンの力量から、なかなか困難な課題ですが、他団体との協力も含めて、この課題にも取り組む準備を進めます。

 

6)全国医師ユニオンの組織強化について

 これまでにも述べてきたように、日本で勤務医の労働組合の確立をどのように軌道に乗せるのかが問われています。日本では、医師が労働組合に入るハードルは極めて高いと言えます。この現状を考慮して昨年よりドクターズユニオン・ニュースの年4回の発行を開始していますが、今期も多くの勤務医への情報発信とユニオンの組織強化、さらに財政基盤の強化も含めサポーター会員や医療機関などの購読者の拡大を重視して取組ます。ユニオン会員の拡大に関しては、すでに医療機関の労働組合に入会している医師の全国医師ユニオンへの2重加盟を重視して積極的にこれを進めます。さらに、可能な県やブロックで支部や連絡会議を結成することを追求します。

 

7)医療再生の国民運動の取り組み

 全国医師ユニオンは、まだ小さな団体で全国的な調査や研究、また多くのマスコミ等に取り上げられるような情報発信を独自に行うことは困難です。一方で、この間様々な企画を他の団体や個人と協力し成功させてきましたが、企画を呼びかけた全国医師ユニオンが中心となっていることは、しっかりと報道されています。このことは、この間の医師労働の改善と医療再生へ向けた私たちの真摯な取り組みが信頼を広げているからであると考えられます。医療安全の視点からも、患者・国民は医師の過重労働を求めておらず、むしろ安全性の高い勤務体制を望んでいるでしょう。医師が医療再生の運動で行動することは、患者・国民の医師に対する信頼を高めることになると考えられます。

 今後も私たちが、一致点を大切にして様々な団体や個人と協力し医師の労働問題を解決することは、医療界にとっても国民にとっても大きな利益であるという事実を発信していく必要があります。そして、医療従事者や国民のための医療再生の運動と医師の労働条件の改善の運動を同時に進める必要があります。これらの点から、私たちは医療再生の国民運動に関しても可能な範囲で、積極的に取り組んでいくものです。