全国医師ユニオン 第7期運動方針(最終版)

                                  2014.11.16

1、医師労働をめぐる情勢

 医療崩壊が叫ばれるなかで、政府・厚労省も2006年になって医師不足を認め、医師の養成数の増員や勤務医の負担軽減を掲げるようになりました。しかし、医師養成数の増員はわずかで、現場での診療環境の改善は進まず労基法も守られていません。

 労働者を使い捨てにするブラック企業を規制する動きもみられますが、公的な医療を担う多くの医療機関が法律を無視し勤務医に対して過労死ラインを超える過重労働を押し付けている現状は変わっていません。その原因として、医師は特別であり一般の労働者とは異なるとの考えが根強いことが挙げられます。

 また、厚労省の政策には安全性の視点から医師の過重労働を規制する動きは全くみられません。今日の先進国では、当直明けの連続通常勤務など安全性の面から許されなくなっていますが、日本では交代制勤務が進まずに未だに30時間を超える連続労働が当たり前となっており医療安全の点からも医師の過重労働は厳しく規制されるべきです。

 今年6月の医療法の改正により来年の10月から新しい医療事故調査制度が開始されます。しかし事故調査に関するWHOガイドライン(事故調査は医療安全の推進を目的とし、個人の責任追及につながる原因究明を行うべきではない)が無視された事故調査のガイドラインが作られる可能性が危惧されたため、「現場の医療を守る会」が結成されこの問題で積極的に活動を行っています。また、これに連動して医療法人協会は現場の立場に立ち医療崩壊を進めないことを目的として独自のガイドラインを作成し発表していますが、これには基本的に本来求められている医療事故調査のあり方が示されています。一方、過重労働は確実に医療事故を増やしますが医療事故問題でこの点を正面から取り上げて積極的に発言している団体は全国医師ユニオンのみです。安全性を無視した過重労働下の医療事故に関して、引き続き勤務医を守る立場から全国医師ユニオンが積極的な役割を果たすことが求められています。

 また現在、新しい専門医制度に関する議論が進められていますが、専門医資格の収得が勤務医の過重労働をさらに悪化させることがないか危惧されるところです。今も専門医資格の収得や維持が労働環境に悪い影響を与えている面があります。専門医資格の取得に関する症例経験数や勤務期間の要件等は、業務とは別の医師個人の責任で達成されなければなりません。このこと自体が大きな肉体的・精神的な負担を必要とすることです。しかし、専門医資格の取得を目指す医師の立場は弱く、スッタフ不足の医療現場の実情からして、さらなる過重労働を担わざるを得ない立場に置かれている医師も少なくありません。さらに学会によっては、女性医師が育児休暇を取得した場合に専門医の資格習得が極めて困難になる制度を定めている学会もあります。新しい専門医制度が勤務医の過重労働の解消に配慮したものとなることが求められています。

 これまで、全国医師ユニオンは勤務医に対する労基法の遵守をはじめとして労働条件の改善を進める活動を行ってきましたが、今年に入り一定の動きが出てきています。

 過労死防止法(過労死等防止対策推進法)が6月の国会で成立しました。全国過労死を考える家族の会と過労死弁護団全国連絡会議の呼びかけによって結成された「過労死防止基本法制定実行委員会」の活動が大きな役割を果たしました。今回成立した法律は、過労死等防止対策を効果的に推進する責務が国にあることを明記し、地方公共団体や事業主に過労死等防止対策への協力を求め、過労死等防止啓発月間を設けるとしています。また、国が過労死等の調査・研究、過労死等を防止するための国民啓発活動、過労死等の相談体制の整備等を行うものとしています。政府は過労死等防止対策の大綱を策定し、日本における過労死等の概要や過労死等防止施策の状況に関する報告書を毎年国会に提出することを義務づけられています。ただし、事業主については国の過労死等防止対策への協力義務が規定されるのみで、事業主自身が積極的に安全配慮の措置を取るべき義務が明記されないなど、内容に不十分な点もあります。私たちには、医師の過労死を無くす点から今回の法律成立を積極的に受け止め、医療現場でも具体的に活用していくことが求められています。

 また、厚労省は、「多くの医療機関では勤務環境の改善が不十分な状況にある」として昨年「医療分野の『雇用の質』向上プロジェクトチーム」を立ち上げました。そして今年の9月を締め切りに「医療勤務環境改善マネジメントシステムに関する指針案(仮称)について」のパブリックコメントが募集されました。厚労省の説明によれば、「医師、看護師、薬剤師、事務職員等の幅広い医療スタッフの協力の下、一連の過程を定めて継続的に行う自主的な勤務環境改善活動を促進することにより、快適な職場環境を形成し、医療スタッフの健康増進と安全確保を図るとともに、医療の質を高め、患者の安全と健康の確保に資すること」を目的として、各医療機関のそれぞれの実態に合った形で、自主的に行われる任意の仕組みとなっています。そして、平成26年度中に各都道府県に相談支援のセンターを設置することになっています。これは法令遵守に全く触れずに自主的な任意の仕組みを作るという点など不十分な制度であり、現状では実質的な成果が上がる可能性は低いと考えられます。しかし、これまで具体的な取り組みを行ってこなかった厚労省が、一歩踏み出したことは私たちの運動にとって前進と言えます。

 さらに、今年5月には、八鹿病院のパワハラ過労死裁判で被害者の遺族である原告が勝利しました。判決文に関しては原告からみても納得できない部分があるため原告と被告の双方が高裁に上告しています。これまでの過労死裁判とは異なりパワハラによる自死を争点とした裁判であり、医師社会の人権を無視した封建的な風土に光を当てる重要な裁判として見守っていく必要があります。

 この間の新たな動きや前進は全国医師ユニオンのこれまでの活動の成果と言える部分があります。私たちの主体的な運動はますます重要となっています。今後はさらに医師の基本的人権が侵害されている問題や、医療事故の原因として過重労働が関係することなどを訴え労働条件の改善を進めていく必要があります。また、現状の力量では困難ですが長期的には、日本の勤務医が国際的に見て異常な労働条件下に置かれていることをILOに提訴することも必要であると考えられます。また、ヨーロッパの医師労組との協力関係を作る等の活動を行い「働き方のグローバルスタンダード」を日本の医療界に確立することが求められています。

2、この一年の取り組みと課題

1)過労死裁判支援

 今年3月、過労自死した産婦人科医師の遺族から全国医師ユニオンに裁判支援の要請がよせられました。全国医師ユニオンとしては、事務局長の医師と事務の2名で遺族と会うなどの現地調査を行いました。また5月には原告である遺族にも参加していただきユニオン事務所で本件過労死に関する報告会を開催しました。全国医師ユニオンの目的は「会員の労働条件及び研究条件の維持改善、その他の経済的社会的地位の向上をはかること」です。今回の過労死被災者は当会員ではありませんが会員も含めた勤務医の労働条件の改善にとって、本件は極めて重要な意味を持つと考えられます。

 本件で、労災認定が受けられなかった原因は待機時間が労働時間として認められていないためです。被災者は当直ではなく病院敷地内の社宅での当番待機となっていたために、待機時間が労働時間として認められていません。これまでの判例では、自宅での待機時間は労働時間として認められていない現状があります。しかし、産科医療の実態を見れば、患者の安全性の確保からこの規模の施設で産科当直が必要ないということはありえません。本件の自宅待機は当直と同等の労働を必要とするものであったことは明らかでしょう。これが労働時間と認められれば過労死の認定要件を満たしており、当然労災と認められるはずです。産婦人科医師の労働実態を明らかにして待機時間に関してのこれまでの判例を変える必要があります。全国医師ユニオンは、その結成理念から過労死の撲滅の先頭に立つ組織であり、勤務医の過労死問題に正面から取り組む唯一の組織として、裁判勝利のために全力で支援するものです。

 また、5月に八鹿病院のパワハラ過労死裁判において原告が地裁で勝利しました。しかし、判決文には原告としても納得できない内容も含まれています。それは、過重労働下でパワハラを受け自死した医師にも一定の責任があったとして2割の過失相殺を認めている点です。このため、裁判に敗れた被告の上告に加えて原告も上告をしています。全国医師ユニオンは会員にこの事実を知らせ、判決の不当な部分に関して意見書を書くことを提起しました。これに応えた会員らが医療現場で働く医師の立場から意見書を送り、遺族から感謝の言葉が寄せられています。

2)厚労省要請行動とパブリックコメント

(1)厚労省要請行動

 全国医師ユニオンは、厚労省への要請行動を医労連と協同で、5月15日に衆議院会館の会議室で行いました。厚労省からは、労働基準局・医政局・保険局・医療安全推進室から各担当者が出席し対応しました。

 これまで私たちは、労基法の遵守を中心に要請を行ってきましたが、今回の要請ではより具体的な質問と提言を行いました。主な質問は、これまで厚労省が行った勤務医負担軽減策についてとその成果についてです。提言は医師の労働における労基法の具体的な運用についてのパンフレットの作成や、勤務医の負担軽減策が一目でわかるホームページ等からの発信などです。

 主な要請は以下の6点です。?労基法順守の重点的課題?医療安全における労働的視点の確立?医師養成数のさらなる増員?医療補助者の利用を促す措置?勤務医負担軽減予算の流用問題の解明と確実に負担軽減に結びつく政策の策定?医療事故調査に関して。

 この間、医師養成数の増員や必要医師数の再調査を行うことに関して、厚労省は否定的な立場を取っていましたが、今回はこれまでとは異なり医師養成数の増員が必要ないとの立場ではないこと、必要医師数の再調査に関してはその必要性を認識しているとの回答で、一定の前進が認められました。

(2)パブリックコメント

 厚労省から「医療勤務環境改善マネジメントシステムに関する指針」(以下、指針とのべる)に関するパブリックコメントの募集があり、これに対して代表名で意見書を送りました。主な主張は以下です。

 指針が出されることは、過重労働に苦しむ勤務医の環境改善にとって大きな一歩であると考えます。ただし形だけの指針が出されただけでは、古い慣習とスタッフ不足の困難を抱える医療現場が変わるとは考えられません。特に以下の点について意見を述べています。

 今回の指針においては、コンプライアンスの問題には一言も触れられていませんが、法令遵守を原則に環境改善を進める必要があります。勤務医の異常な長時間労働が放置されてきた原因は、時間外労働に対する賃金不払いと大きな関係があります。日本の労基法は、EUのように労働時間の上限を定めることなく長時間労働に段階的な割増賃金を課すことで長時間労働を抑制する制度となっていますが、残業代不払いが横行している現状ではこれが全く機能していません。このため、医師の労働時間管理を徹底し不払い労働を根絶することにより、長時間労働をなくす経営的なインセンティブを働かせることが重要です。不払い労働をなくすことは、安易な時間外労働をなくし交代制勤務を推進する上で欠かすことができないものです。

 従って、指針における「改善方針の表明」においては法令遵守の立場を明確に述べるべきです。そして何よりも病院長をはじめとする病院管理者が労働と安全に関する法律を理解しておくことが前提条件であり、管理者に労基法や労働安全衛生法等に関する研修を義務付けることを指針に盛り込む必要があります。また、「現状分析」や「改善目標の設定」においても、法令や通達、最高裁の判例を基準に現状分析が行われ目標が設定される必要があります。医師の労働問題に大きく関係する事項として、最高裁で示された宿直条件を満たさない当直(日常的な診療を伴う当直)が労基法上は時間外労働に当たる事、それに裁量労働制などにおける裁量労働の条件等を、「厚生労働省医政局長が定める手引き書」に明示すよう求めました。

3)医療事故調に関する声明

 全国医師ユニオンは、「誤った医療事故調査制度が医療崩壊を進めることを危惧する」と題する声明を8月29日に発表しました。

 医療事故調査に関する医療法の改正が6月の国会で成立し、医療事故調査に関するガイドラインの策定に向けての準備が進められています。しかしガイドラインのために作られた研究班の会議には現場医師の意見が反映されるどころか内外からの批判が相次いでいました。今回の医療事故調査に関する制度が更なる医療崩壊の進行を助長する危険性が高いと危惧し、医師の労働組合としての立場から以下の問題点の指摘と提言を行いました。

 今回の医療事故調査に関する法律には「医療安全(再発防止)」と「患者の救済」という二つの異なる問題を一つの法案に入れてしまったことが大きな混乱を生んでいます。医療安全には事故にかかわる全ての要因を洗い出し分析した上で危険因子を取り除いた何重もの安全策を講じたシステムを作ることが必要です。WHOはこの点を考慮して、医療安全のための事故調査には関係者全員が自由に問題点を話し合うことができる環境が必要であるとし、事故調査のガイドラインの中で調査資料や結果の秘匿性が必要であること、また罰則に使用しないことが重要であることを強調しています。この矛盾を生まないためには医療安全と患者の救済を別の制度に分ける必要があることを強調しました。その他に、?医療安全に関する法律とすべきこと、?医療現場の実情と医療崩壊進行の危惧について、?求められる支援センターのありかたとガイドラインの内容に関しても勤務医の立場から問題点の指摘と提言を行っています。

 現在、医療法人協会は現場の立場に立ち医療崩壊を進めないことを目的として独自のガイドラインを作成し発表していますが、その内容は基本的に本来求められている医療事故調査のあり方を示しており、全国医師ユニオンとしてもこれを支持するものです。

 また、この間の事故調の議論では安全性と過重労働に関する議論はほとんど行われてきませんでしたが、医療安全を進めるためには医師の過重労働を無くす必要があることを強く訴える必要があります。

4)他団体との協力とドクターズ・デモンストレーション

 全国医師ユニオンは、パイロットの組合である日乗連とは以前より協力関係を築いてきましたが、今年1月に日乗連執行部と懇談を行いました。そして、今後も高度な技術を有する専門職の職能組合として、国民の安全を守ることを中心に協力関係を強めて行くことを確認しました。現在、日乗連の歴史と現在の活動についてドクターズ・ユニオンニュースに連載記事を掲載しています。

 医労連とは、今年も共同で厚労省への要請行動を行いました。医労連の勤務医部会とは年に数回の懇談を行っており、勤務医会員が両方の組合に加入しやすくするための二重加盟に関しても検討を行っています。医師が病院の組合と全国医師ユニオンの二つの組合に入った場合は、二つの組合に会費を払わなければならないという負担が生じることになります。組織間の問題であるため簡単には解決できない問題ですが、今後も粘り強く話し合い柔軟な対応を行う必要があります。

 ドクターズデモンストレーションは、6月に「廃案しかない!医療・介護総合法案」と題する集会を衆議院議員会館で開催し、内閣府への要請を行っています。実行委員会では、来年は再び医師が走って医療の再生を訴えるドクターズランの企画を積極的に検討すべきであるとの意見が出ています。

 日本医師会は、勤務医の過重労働の改善に関して積極的な活動を行っているとは言えない現状があります。しかし日本医師会は日本を代表する医師の職能団体であり、組織内に勤務医委員会、男女共同参画に関する委員会、医師の健康問題に関する委員会を持っています。医師の労働環境の改善が進まないのは、日本の医師の労働問題に関する意識の低さや知識がないことが大きな理由として挙げられます。これらの点を考慮すれば、日本医師会に積極的に働きかけを行うことも必要です。全国医師ユニオンの会員も医師会に入っているケースが少なくありません。また、医師会の勤務医部会等で活動している会員もいます。厚労省への要請はもちろんですが、医師会に入会している会員が医師会内で、勤務医の労働環境改善のために積極的に役割を果たす事も大きな意味を持つと考えられます。

5)シンポジウムや情報発信に関する活動

 昨年の11月24日にはシンポジウム「医療事故と勤務医の権利」を開催しました。このシンポジウムは、HPより動画を見ることが可能となっています。

 情報を発信する活動として、基本はホーム・ページでの全ての人を対象とした公的な情報の発信を行っています。また全国医師ユニオン会員、サポーター会員・ニュース購読者や関係団体を対象としたドクターズユニオン・ニュースの発行を年4回行いました。

 今期は、医療事故調に関する「誤った医療事故調査制度が医療崩壊を進めることを危惧する」声明を8月29日に発表しました。厚労省の募集に応えて「医療勤務環境改善マネジメントシステム」に関する指針(以下、指針とのべる)に関するパブリックコメントを9月に提出し、どちらも原文をHPに掲載しています。また、この3年間連続で慈恵医科大学の正規の授業において代表が医師労働に関する講義を行っています。

 今後さらに情報発信を強化するためにマスコミへの対応強化やホーム・ページのリニューアル等の工夫が求められています。

6)組織活動

 会員数を増やすことはなかなか困難な課題であり、今期も微増にとどまっています。日本では、医師が労働組合に入るハードルは極めて高いため、すでに病院等の労働組合に入っている医師が全国医師ユニオンに入会しやすくする二重加盟等の工夫を進める必要があります。一方で、ドクターズユニオン・ニュースを定期購読するサポーター会員や医療機関などの購読者の拡大も積極的に進める必要があります。

 また、ユニオン会員の顔の見える活動として、東京、大阪、名古屋で、「産婦人科医師過労死裁判報告会」及び懇親会を行いました。今後も顔の見える活動をより多くの地域で進めることが求められています。

3、第7期の中心的な活動に関して

 全国医師ユニオンは、第7期も労基法遵守を主張し労基法の知識や関連通達の情報などの発信を進める一方で、環境改善に役立つ情報等も発信し様々な会員の要望に応えることを追求していくものです。この間の新たな情勢の変化や過労死防止法の制定などの前進面を生かしながら、今期は主要な活動として以下の課題に積極的に取り組みます。

1)過労死裁判支援

2)過労死防止法に基づいた取り組み

3)医療事故調査制度に関する取り組み

4)「医療勤務環境改善マネジメントシステム」と支援センターの積極的な活用

5)他団体との協力関係の強化

6)全国医師ユニオンの組織強化

7)医療再生の国民運動の取り組み