全国医師ユニオン 第9期運動方針(最終版)    
2016.11.20

1、医師労働をめぐる情勢

1)労基法違反と過労死
全国医師ユニオンは、勤務医の過労死問題を契機に診療環境の改善を目的として2009年に結成されました。結成後7年間がたちましたが、勤務医の過重労働は改善せずに、過労死による犠牲者はあとを絶ちません。労災申請等で今年新たに報道されているものだけでも、青森の52歳の男性医師、長崎県の33歳の男性医師、新潟県の女性研修医の3件に上ります。過労死が起きたとしても、労災申請までたどり着くことは容易ではない現実があるため、これらは氷山の一角と考えられます。未だに過労死が続いている主な原因は、32時間を超える連続労働を前提とする、宿直という名目の当直勤務が放置されているからです。私たちは労基法を守るには、医師労働にも交代制勤務を導入することが必要であると主張し早急な改善を求めてきましたが、厚労省は実効性のある改善策を全く示してきませんでした。
ILO(国際労働機関)は、第1号条約として「1日8時間週48時間労働」を定めていますが、日本は今だにこの条約を批准していません。先進国で批准していないのは日本だけです。働き方のグローバルスタンダードを守る必要があります。特に医師労働に関しては医療安全の視点からも異常な長時間労働をなくし、世界の医師の働き方の常識に合わせるべきです。
共同通信は今年7月に、千葉県の県立病院6病院のすべてで「労働基準監督署の許可がないまま医師らが夜間、休日の当直勤務をしている」ことが県への取材で分かったと報道しています。この記事を受け他のいくつかの県でも調査が行われ、同様の事実が明らかになっています。長年このような違法状態が続いているにもかかわらず労基署がこの問題を放置しているため、結果として勤務医が違法な長時間労働を続けさせられています。これまでに多くの医師が過重労働により精神的・肉体的疾患を患ったり、過労死に至っている現状を直視すれば、違法行為である当直労働を続けさせる医療機関に対して、労基署は送検等の司法警察権限の行使を含めた厳しい対応を取るべきです。本来、権力の行使は謙抑的であるべきですが、長期にわたる違法状態の放置が多くの被害者を出している実情を見過ごすことはできません。
一方、厚生労働省の「医療従事者の需給に関する検討会」の医師需給分科会は今年3月に、2024年頃の医師数は約30万人、遅くとも2033年頃には約32万人で医師の需給が均衡するとの推計を公表しました。このため将来医師が過剰になるとし医師数を抑制すべきであるとの声も上がっています。先に述べた千葉県の病院局は「違法状態」に関しては、「医師の確保が困難」で「早急な解決は難しい」と述べています。これは千葉県に限ったことではなく他の県の県立病院でも同様の声が上がっています。多くの医療機関が労基法を守れない理由として医師不足を上げているにもかかわらず、厚労省の検討会で医師数削減の声が出てくることは異常です。そもそも当直を宿直扱いとして労働時間に含めていない医療機関も少なくなく、実態に即した推計が行われているとは考えられません。これまでの医師の過労死裁判においても病院が主張する過労死した医師の労働時間と裁判所が認めた労働時間には大きな開きがあります。また今回の医師需給の推計は、通常勤務と当直が連続する32時間を超える連続労働を無くし、交代制勤務を導入することを前提とした推計になっていません。この点は、全国医師ユニオンが行った厚労省要請でも確認し、交代制勤務導入を前提とした医師数推計を行うことを要請しています。また、医師の偏在を解消すれば医師不足はなくなるとの主張がありますが、勤務医の過労死は東京や大阪などの大都市でも起こっています。また、診療科も小児科・産婦人科をはじめ内科・外科・麻酔科など多科にまたがっており、医師の偏在の解消が問題を解決するわけではありません。医師のみを特別扱いし違法な過重労働を放置している労働行政が、医師数推計をミスリードしている大きな要因となっていると考えられます。
労働行政が違法状態を放置している現状を考慮すると、医療安全の視点から医師の連続労働時間に上限を設定することを求める活動がますます重要になってくると考えられます。人命にかかわる航空や運輸では連続労働に上限を設けることは当然となっており、欧米では医師に関しても労働時間に上限が定められています。全国医師ユニオンとして実効性のある運動を進めることが求められています。

2)「医療勤務環境改善マネジメントシステム」
厚労省は、「多くの医療機関では勤務環境の改善が不十分な状況にある」として一昨年「医療勤務環境改善マネジメントシステム」を始動させました。厚労省は「快適な職場環境を形成し、医療スタッフの健康増進と安全確保を図るとともに、医療の質を高め、患者の安全と健康の確保に資すること」を目的とすると述べています。しかしこれまでのところ、医師労働に関しては一部で医療補助職を増やす改善策が見られますが、長時間連続労働を無くすような根本的な取り組みは全く見られません。すでに述べたように労基法違反を放置したままでの「医療勤務環境改善マネジメントシステム」にはおのずと限界があるため、労基法遵守を前提としたシステムに変更する必要があります。

3)ストレスチェック
昨年12月よりストレスチェックの実施が始まりました。これは心理的な負担の程度を把握するための検査です。この制度は、H26年に公布された「労働安全衛生法の一部を改正する法律」に基づき昨年の12月より施行となり、労働者が50名以上の事業所では年に1回実施することが義務づけられています。
実施マニュアルによれば「この制度は、労働者のストレスの程度を把握し、労働者自身のストレスへの気付きを促すとともに、職場改善につなげ、働きやすい職場づくりを進めることによって、労働者がメンタルヘルス不調となることを未然に防止すること(一次予防)を主な目的としたもの」となっています。その背景には「仕事による強いストレスが原因で精神障害を発病し、労災認定される労働者が、増加傾向にあり、労働者のメンタルヘルス不調を未然に防止することが益々重要な課題となって」いると述べられています。
ストレスチェック元年の今年は、11月30日までに該当する全ての事業所で実施されることになるため、ほとんどの病院は実施を義務付けられることになり、当然多くの勤務医がストレスチェックを受けることになります。これを機会に各医療機関で医師労働に関する積極的な議論が行われることが望まれます。

4)新専門医制度
新専門医制度は開始まで残り1年を切った段階で、多くの問題が明らかになり新たな医療崩壊を引き起こす可能性が指摘されたため、その実施の延期が決められました。そして、専門医制度の検討会のメンバーも刷新され新たな議論が開始されています。様々な問題点を解決する必要がありますが、私たちが特に主張しなければならない点は、この制度における研修医の労働環境と医療安全に関する点です。
労働環境に関しては、労働時間等の問題に加え身分や経済的な問題も挙げられます。研修医ということで非常勤とされることがないよう常勤医として身分の保障を求めていく必要があります。また、今も研修医の過労死が後を絶ちませんが、その多くの医療機関では労働時間を把握していないのが現状です。先に述べたように、この間の過労死裁判を見れば医療機関側が主張する被害者医師の労働時間と裁判所が認めた労働時間に大きな開きがあります。医療機関は労基法を遵守し労働時間を正確に把握し過重労働とならないように管理する必要があります。また、大学院生や研修医の過労死裁判の判例で示されているように、研修に関しても安全配慮義務があります。そして、研修医は弱い立場にあるため専門医制度がパワハラの温床にならないよう注意深く見守る必要があります。さらに医療安全に関しても、十分な指導やダブルチェック等の医療安全システムがとられていない中で、医療事故が研修医の個人責任にされているケースもみられます。新しい専門医制度の下で労働環境や医療安全が改善されることが求められています。

2、この一年の主な取り組みと来期の課題

1)第5回医療労働研究会
全国医師ユニオンは、昨年11月29日に第5回医療労働研究会を開催しました。記念講演では大原労働科学研究所の慢性疲労センター長である佐々木司氏が「医師の過重労働と安全性の科学~看護より遅れている医師の労務管理~」と題する講演を行いました。また植山代表が医師の過労死・労災裁判支援等の報告を行いました。
佐々木司氏の講演は、医師の労働環境と医療安全にとって極めて重要なものです。日本の医療界は過重労働による医療安全のリスクに関する議論を避けてきました。今回の講演には過労とリスクに関する国際的な研究データや資料も多く含まれているため、ドクターズユニオン・ニュースにおいて3回にわたる連載記事として掲載しました。

2)「パワハラ緊急報告会」とパワハラに関する取り組み 
全国医師ユニオンは今年6月4日に東京都内で勤務医に関する「パワハラ緊急報告会」を開催しました。これはパワハラと関係した解雇や配置転換で裁判を行っている全国医師ユニオン会員から、パワハラの実態や闘いの現状等について直接話を聞き支援につなげることを目的としたものです。
全国医師ユニオンは結成後、小児科医師中原過労自死裁判や八鹿病院パワハラ自死裁判、麻酔科医師労災裁判などを支援してきました。これらは半ば公然とした支援活動でした。一方、当事者等の事情により匿名や内容が公表できないことから不特定多数の医師等に支援依頼ができないケースも少なくありません。現実には過重労働よりもパワハラに関する相談が一番多くなっています。この問題に全国医師ユニオンとして積極的に取り組むことが求められています。
パワハラ問題においては、パワハラを立証することが難しいため、多くの医師が泣き寝入りを余儀なくされている現状があると考えられます。特にパワハラに加えて解雇までされた場合は、病院内に入ることもできず、証人となるスタッフとの接触もままならない状況におかれてしまいます。また、悪質な医療機関においては、病院側が関係職員に圧力をかけるため事実を知るスタッフが証言できない状況に追い込まれてしまいます。さらに、パワハラを受けた当事者を根拠もなく医療安全上問題があると決めつけて新たなパワハラの口実としたり、解雇の理由にしたりするケースもみられます。医師の社会はヒエラルキーが強いムラ社会であり、基本的人権を無視した上下関係に多くの医師が過剰適応している面があります。このような理由から医師社会のパワハラを無くすことは極めて困難となっています。過重労働や不払い残業がなくならないのは、個々の医師が自由に自分たちの権利を主張することができない環境が大きな要因となっているからであると考えられます。
全国医師ユニオンは今年6月2日に行った厚労省要請で、初めて医療機関におけるパワハラに関する要請を行いました。今後、医療環境の改善を進めるためにパワハラを無くす運動も重点課題として進めていく必要があります。本日は、総会終了後に第6回医療労働研究会としてパワハラに関する講演とワークショップを開催します。

3)厚労省要請行動2016
全国医師ユニオンは日本医労連と共同で、厚労省への要請行動を6月2日に衆議院会館の会議室で行いました。厚労省からは医政局・労働基準局・保険局等から9名の担当者が出席しました。
厚労省が昨年実施した「病院の勤務環境に関するアンケート調査」の結果をみても、交代制勤務は進まず、長時間連続過重労働が続いており、医師労働の負担軽減はほとんど認められません。すでに過労死等防止対策推進法が制定され、「医療勤務環境改善マネジメントシステム」も実施されている中で、実質的な成果をあげられるように要請行動を行いました。主な要点は以下です。

(1)医師労働における労働法の遵守
(2)勤務医の負担軽減に関する支援センターの実績の公表と実効性のある制度への改正
(3)交代制勤務を前提とした必要医師数の推計
(4)医療安全に関して
    ①医療安全の視点からの医師労働の時間規制
    ②医療事故調査における環境要因の重視
    ③病院の機能評価に関して
(5)医療機関におけるパワーハラスメントについて
(6)医療機関における産業医の問題とストレスチェックの徹底
 この間、医療安全の視点から医師の労働時間の上限設定に関する要請を行ってきましたが、この問題に関しては厚労省の担当部局も明確ではなく実効性のある要請とならないため、内閣府に担当省庁等を明らかにするよう求める要請を行う必要があります。来期のできるだけ早い時期に内閣府への要請の実現を追求します。                   

4)シンポジウムや情報発信に関する活動
 既に述べように、昨年の11月29日に第5回医療労働研究会において大原労働科学研究所の慢性疲労センター長である佐々木司氏に「医師の過重労働と安全性の科学~看護より遅れている医師の労務管理~」と題する講演を行っていただきました。また、6月4日に東京都内で勤務医に関する「パワハラ緊急報告会」を開催しました。さらに本日は、総会終了後に第6回医療労働研究会としてパワハラに関する講演「医療機関のパワハラ ~どう自分を守るのか?~」とワークショップを開催します。その内容に関してはホーム・ページやユニオン・ニュースで公表していきます。
ホーム・ページによる情報の発信に関しては、前期よりリニューアルを行っていましたが、今期はさらにバージョンアップを行いました。また全国医師ユニオン会員、サポーター会員・ニュース購読者や関係団体を対象としたドクターズユニオン・ニュースの発行を今期も年4回行いました。
学生への情報発信としては、5年連続で今年も慈恵医科大学で医師労働に関する講義を行いました。また、東大の教養学部のゼミで医師労働に関する講演を2回行いました。

5)勤務医労働実態調査2017に関して
 全国医師ユニオンは2012年に様々な団体や個人に呼びかけて実行委員会を結成し「勤務医労働実態調査2012」を行いました。来期はその実施からすでに5年がたちます。この間の医療問題の変化もあり、あらためて勤務医の実態を調査することが求められています。労働問題のみではなく、医療事故やパワハラに関する調査も必要であると考えられます。より多くの勤務医の協力を得るために実行委員会の再結成も検討し、実りのある勤務医の実態調査を行います。

6)ILOやWHOへの働きかけ
 結成以来、全国医師ユニオンは過重労働をなくす取り組みや労働の視点から医療安全を進める取り組みを行ってきました。しかし先進国ではあり得ないような長時間の過重労働は放置されたままです。しかも医師は一般労働者とは別で長時間働いて当然という風潮は一向に変わりません。また、医療安全に関しては、過重労働が医療安全を損なっていることは明らかですが、専門家も含めこの問題を指摘する人はほとんどいません。国際的な常識が通じない現状を考慮すれば、国際機関に日本の現状を知らせ、何らかのアクションを引き出すことが有効であると考えられます。
 ILOに関しては、医療労働者である医師が32時間を超える連続労働を定期的に強制されていることを訴えるべきであると考えます。そもそも日本政府がILOの労働時間等に関する条約を批准していないこと自体が大きな問題ですが、ILO憲章には「いずれかの国が人道的な労働条件を採用しないことは、自国における労働条件の改善を希望する他の国の障害となる」と述べられています。日本の医師の異常な過重労働はILOにとっても看過できない問題であると考えられます。
またWHOに関しては医師が32時間を超える連続労働を行うことが医療安全上極めて危険な行為であり、速やかに改善するよう勧告やコメント等を出してもらうことを追求するべきであると考えます。
 現状では上記のことが可能であるかどうかは不明ですが、これまでにILOに要請を行った経験を持つ過労死弁護団や国際活動を行っている医労連等に協力を要請し、実現に向けた取り組みを進めていきます。 

7)組織活動
 会員数を増やすことはなかなか困難な課題であり、今期も足踏み状態が続いています。日本では、医師が労働組合に入るハードルは極めて高いため、すでに病院等の労働組合に入っている医師が全国医師ユニオンに入会しやすくする二重加盟等の工夫を進める必要があります。今期も厚生連の労働組合との話し合い等を行いましたが、今後も粘り強く交渉を行っていく必要があります。一方で、ドクターズユニオン・ニュースを定期購読するサポーター会員や医療機関などの購読者の拡大も積極的に進める必要があります。
前期の運動方針ではユニオン会員の顔の見える活動を強化することを挙げていましたが、日程的な調整が困難なために東京、大阪、名古屋、仙台等でユニオン企画や懇親会を行うことができませんでした。執行部の医師も日常診療におわれ活動時間を確保することが困難な現状を考慮し、今期は財政活動を強め、事務機能の強化を進めました。具体的には特定社会保険労務士の方に事務として加わってもらいニュースの作成・企画・相談等で力を発揮してもらいました。また、医療系コンサルト会社とも契約を行いホームページのリニューアルや企画の実務、事業企画の相談等を行いました。近日中にVISAカードを使用した寄付や会費の納入も可能になる予定です。来季も財政強化のための事業活動を行い事務機能の強化を進めます。また、医師会員の実務負担を減らし顔の見える活動が行える体制を作り、多くの地域で企画を実施することを追求していきます。

8)その他
今期は、医療再生の国民運動の取り組みとしてのドクターズデモンストレーションの活動を行うことはできませんでした。しかし勤務医の労働強化につながる医師数抑制の動きや労働問題の解決、さらに医療再生のためには、多くの団体や国民との連帯が必要です。来期はあらためてこれらの活動にも積極的に取り組むことを追求していきます。

3、第9期の中心的な活動

 全国医師ユニオンは、第9期も勤務医の基本的人権を守り診療環境の改善を進めるために、労基法遵守を主張し、診療環境改善に役立つ情報等を発信し様々な会員の要望に応えることを追求していくものです。今期は主要な活動として以下の課題に積極的に取り組みます。

1) 労災・過労死裁判等の支援
2) 医師労働及び診療環境改善に関する取り組みと情報発信
3) 勤務医労働実態調査2017の実施
4) 医療機関におけるパワーハラスメントを無くす取り組み
5)医療事故調査制度に関する取り組み
6)「医療勤務環境改善マネジメントシステム」を実効性のある制度に変える取り組み 
7)ILOとWHOへの働きかけへ向けた取り組み
8)他団体との協力関係の強化
9)全国医師ユニオンの組織強化
10)医療再生の国民運動の取り組み