活動トピックス

2019/6/28

無給医問題に関する全国医師ユニオン声明

無給医問題に関する全国医師ユニオン声明   

2019年06月28日

全国医師ユニオン代表 植山直人

1、無給医について

医師免許を持ち、初期研修を終えた医師に保険診療を行わせ、病院が患者からの自己負担金と保険者から診療報酬を徴収しながら、それを病院の収入とし労働を担った者に対する報酬を組織的に払わないとすれば、悪質な犯罪と言える。しかも、無給医によっては、病院の職員名簿にも名前はなく、健康保険や労災保険にも加入していない。当然、時間管理をはじめとする労務管理や健康管理もなされず病院は安全配慮義務を全く果たしていない。人の命を預かる医師の教育の場において、このような違法行為が組織的に続けられていることに対し驚きと怒りを禁じ得ない。大学の人権意識と遵法精神の欠落は極めて深刻であり、大学病院の抜本的な改革が必要である。

2、文科省調査結果について

昨年秋、NHKの報道により大学病院における無給医問題が明らかになり、当初は無給医は存在しないとしていた文科省が調査を行い、今回調査結果が公表された。

それによると調査か終了していない段階で、対象108大学病院のうち50の大学病院で2000名を超える無給医が存在する。これだけ多くの医師が無給で働かされている現状をみれば、大学病院の労務管理に構造的な問題があると言わざるを得ない。そもそも今回の調査は大学病院管理者まかせの調査であり、個別の医師に対する調査ではないため、調査結果で示された無給医の数は氷山の一角と考えられる。根本的な解決のためには、これまで違法な労務管理が放置されてきた原因を徹底的に明らかにする必要がある。

現在、政府は働き方改革により、非正規雇用者に対する差別をなくすため、同一労働同一賃金を含めた処遇改善を進めている。政府は、無給医問題に対する明確な立場を示し、早急に被害者の救済(雇用契約を結ぶと同時に過去2年間の不払賃金を支払うこと)を進めると同時に再発防止策を作成し徹底すべきである。

3、無給医問題の背景と課題

1)大学の責任

今回の無給医問題に直接責任を持つ当事者は大学である。十数年前より、大学院生の医師が針刺し事故等で感染症にかかるなどの労災に備えて、大学院生とも労働契約を結び労災保険に入れることを指導する通達が文科省より出されていたが、これが無視されている。

一方で昨年は、36協定を結んでいない大学があるとの報道があり、驚きの声が上がった。また、厚労省の調査では過労死ラインの2倍の1860時間を超えて働く医師が1割を超えており、大学の88%にそれらの医師が存在している。1860時間を超える36協定は存在しないはずであり、多くの大学は今だに労働法を無視し続けている。法令を守らない管理者はその役職を辞するべきである。

これまで多くの被害者が声を上げられずにいるのは、大学ではパワーハラスメンがいつ降りかかるか分からない恐怖感があるためである。大学には言論の自由と人権意識の育成が求められている。

2)文科省の責任

すでに述べたように文部科学省は、以前より全ての大学病院は大学院生と雇用契約を結び、労災保険が適用できる労働環境を整えるよう通達を出している。そして、昨年秋に無給医問題が表面化した際、当初の取材に対して日本には無給医は存在しないと回答している。大学病院の監督官庁として実態を把握できていないことは極めて遺憾である。大学医学部や医科大学は、無給医問題のみならず、数々の労基法違反をはじめ、受験における女性差別などを起こしている。特に医師養成や医師労働に関する管理監督において極めて杜撰な管理が長年にわたって放置されてきたと言わざるを得ない。

大学院生は、授業料を支払う学生であるが、医師免許を持ち初期研修も終えた医師である。患者からみれば、診療を受けるうえで教官であろうと大学院生であろうと医師には変わりはなく、その診療に対して支払う負担も同一である。大学院生の一般診療を演習としている大学もあるが、患者に対しては演習であるとの説明はなく通常診療として行われている。学生に対しては演習とし、患者に対しては診療とすることは詭弁である。一方、初期研修医に対してはその身分や権限等を国が定めている。大学院生に関しても身分及び研究や診療に対する権利や義務を国が定めるべきである。

3)厚労省の責任

無給医問題には、医師の労働問題と保険診療の2つの問題がある。労働問題に関しては、もちろん大学の違法が問題となるが、一方でこのような違法が何故長期に及び放置されてきたのかという疑問が残る。労働基準監督署は定期的に大学病院にも検査に入り、違法があれば改善の指導を行うはずである。しかし、労基署が無給医問題に対して大学を指導したという話は聞かない。すでに述べたように大学では労基法違反がまかり通り、これが放置されている。労基署は医師労働に関して忖度を行っているのではないか疑問である。現在、働き方改革が進められているが、医師労働に関しては、健康確保を条件に過労死ラインの2倍の長時間労働が例外的に認められる方向で議論が進められているが、無給医の存在が放置されるような労務管理下では、医師の働き方改革が進むことは絶望的である。労働者を守るために労働基準監督官には司法警察権限が与えられている。公権力の行使に関しては謙抑的であるべきであるが、厚労省は労基署に対して悪質な病院管理者に対してはこの権限を行使し、検察へ書類送検するよう指導すべきである。

保険診療に関しては、雇用していない医師に対して病院は業務命令を行うことはできず、そのような医師の診療による診療報酬を病院には受け取る権利はないであろう。また、職員でない医師が起こした医療事故に対して、病院はどのような責任を取れるのであろうか。患者の権利を損なう危険性があり、保険診療制度を逸脱した行為と言える。厚労省として、適切な保険診療に対する指導を徹底する必要がある。

4)医療界の課題

医師を聖職とし労働者ではないとの主張する医師が中心となっている医療界の体質が、この無給医問題を放置してきたと言える。過労死問題や女性差別問題さらに無給医問題に対してその解決にイニシアティブを発揮できない医療界にプロフェッショナルオートノミーを語る資格はないであろう。現在の医療界は経営者の立場を代表する集団となっているが、若い医師や立場の弱い医師の意見が反映されるよう、その風土を変えることが求められている。また、労働組合を尊重しその声にしっかりと耳を傾けることが必要である。

5)勤務医の課題

この間、医師労働に関しては様々な違法が報じられている。一方で、自ら声を上げる医師は少数にとどまっている。特に大学病院や高度医療機関においては、一人一人の医師は極めて弱い立場に置かれており、大きな組織に対抗することはできない。労働組合とは一人では立場の弱い労働者が、力を合わせることにより、使用者と対等の立場に立ち交渉を可能にする制度である。日本では労働組合に入っている医師は極めて少ないが、多くの医師が医師の労働者性を自覚し労働組合に入り、自らの権利を主張することが求められている。労働運動の歴史やヨーロッパの医師の運動を見ても、医師の労働組合が大きくなり医師が自ら声を上げない限り、医師の人権や法的な権利を守ることはできない。全国医師ユニオンは労働弁護団とも協力しながら、シンポジウムの開催や相談窓口の開設、文科省・厚労省へ要請などを行い、この問題解決のために積極的に活動を進めるものである。