憲法違反が危惧される医師の働き方改革は許されない
2019年1月17日 全国医師ユニオン緊急声明
1月11日の厚労省の「医師の働き方改革に関する検討会」で事務局案が提案された。そこでは1年間の時間外労働の上限を1900時間から2000時間として検討するとされたている。これは1カ月に約160時間の時間外労働を12カ月連続で行ってはじめて達するものである。昨年、成立した労働基準法の法改正では、特別な事情がある場合でも時間外労働の上限は休日労働を含めた場合、年960時間、単月100時間未満、 複数月平均80時間を限度としている。これは過労死の認定ラインを念頭に置いたものである。ただし医師に関しては、別に議論を行い省令として定めることになっており、現在、「医師の働き方改革に関する検討会」で議論が進められている。今回、厚労省が示した年間の時間外労働の上限約2000時間は、一般労働者の上限である年間960時間の約2倍である。また月の時間外労働の上限はほぼ160時間となり、複数月平均80時間の2倍で過労死ラインの2倍に当たる。
日本国憲法は第14条で「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」と定めている。つまり職業による差別を認めていない。また、憲法にもとづき労働基準法には「第三条 使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない」と定められている。さらに、「第四十条 (一部省略)公衆の不便を避けるために必要なものその他特殊の必要あるものについては、その必要避くべからざる限度で(一部省略)、厚生労働省令で別段の定めをすることができる。 2 前項の規定による別段の定めは、この法律で定める基準に近いものであつて、労働者の健康及び福祉を害しないものでなければならない」と定めている。しかし、今回の省令案は、過労死による生命の危機を無視するものであり、他の労働者の基準とかけ離れたものである。
さらに、憲法第18条では「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない」と定めている。今回の省令は月に160時間の時間外労働を業務命令として強制することができるものであり、現場の医師は意に反する苦役を強いられる可能性が高い。
また、憲法第25条では「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と定められているが、過重労度を強いられる医師は、健康で文化的な最低限度の生活を営むことはできない。
日本の医療は、医師不足を医師の過重労働で補ってきた。その結果、日本の医師の労働時間は国際的にも国内的にも突出している。その過酷な労働環境が多くの医師の健康や命を奪い、その家庭を破壊してきた。医師不足や医師の偏在は医療政策の失態であり、その責任は国がとるべきである。
労働法は、労働者を守る法律である。憲法の理念に反し特例に特例を重ね、法律本来の目的を変節させる厚労省の責任は重大である。しかも医師不足を引き起こしたのは厚労省の医師数抑制政策であり、その厚労省が自らの反省なくして、医師個人に責任を転嫁することなど言語道断である。憲法を無視した厚労省の暴挙が認められるようなことがあれば、労働基準法はますます形骸化し、医師のみならず労働者の権利は脅かされる一方であろう。
私たちは、労働組合と医療従事者ならびに、法律家、国会議員、そして全ての労働者、学生、市民に厚労省の暴挙を止める世論を巻き起こすことを呼びかけるものである。
日本国憲法
〔平等原則、貴族制度の否認及び栄典の限界〕
第十四条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
〔奴隷的拘束及び苦役の禁止〕
第十八条 何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。
〔生存権及び国民生活の社会的進歩向上に努める国の義務〕
第二十五条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
労働基準法
「第三条 使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない」
「第四十条 別表第一第一号から第三号まで、第六号及び第七号に掲げる事業以外の事業で、公衆の不便を避けるために必要なものその他特殊の必要あるものについては、その必要避くべからざる限度で、第三十二条から第三十二条の五までの労働時間及び第三十四条の休憩に関する規定について、厚生労働省令で別段の定めをすることができる。
2 前項の規定による別段の定めは、この法律で定める基準に近いものであつて、労働者の健康及び福祉を害しないものでなければならない」