活動トピックス

2021/3/05

3/5 医師の働き方改革に関する要請文 を 厚生労働委員会に提出いたしました

全国医師ユニオンの代表である植山直人より、衆議院 厚生労働委員会に対して、以下の要請文を提出いたしました。

 

医師の働き方改革に関する要請文

  医師の人間らしい生活、そして健康と命を守るためのお願い

 

 

衆議院 厚生労働委員会 委員殿

2021年3月5日

全国医師ユニオン代表 植山直人

1、深刻な勤務医の過重労働

 日本の病院勤務医は平時においても約4割が過労死ラインの2倍を超え、約1.6%は過労死ラインの3倍を超えて働いています。このため、年間約60名の勤務医が過労死ラインを超えて突然死や自死している可能性があります(資料1参照)。また筑波大学医学医療系の石川雅俊准教授の調査では、専攻医(専門医資格の取得を目指す医師)は長時間労働が常態化しており18.6%が中等度の抑うつ症状となっています。さらに、自死を日常的に考えている専攻医は5.6%となっています(資料2参照)。

このように日本の医師の働き方は異常で、健康障害はもとより女性医師は出産や子育てを機に常勤医師を続けることができなくなるケースも少なくありません。ちなみにEUの医師の勤務時間の上限は週48時間で、これは月32時間、年間384時間の時間外労働に当たります。

健康確保とともに、ワーク・ライフ・バランスを考えた労働条件の改善が急務です。医師の働き方改革の議論では、地域医療を守るためには勤務医の長時間労働を認めることはやむを得ないとされていますが、医師が健康を害する可能性を冒してまで働かなければならないようでは、地域医療を守ることは到底出来ません。月80時間を超える時間外労働が過労死を引き起こしうるということは、厚生労働省も認めている一つの基準となっていますが、これは医師においても同じなのです。

 

2、医師の働き方改革の基本的な問題点

日本国憲法は第14条で「すべて国民は、法の下に平等であ」ると定めており、職業による差別を認めていません。また、労働基準法の第三条には「 使用者は、…賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない」と定められています。さらに、「第四十条 (一部省略)公衆の不便を避けるために必要なものその他特殊の必要あるものについては・・・厚生労働省令で別段の定めをすることができる」としていますが、「労働者の健康及び福祉を害しないものでなければならない」と定めています。しかし、今回の省令案は、過労死による生命の危険を無視するものであり、他の労働者の基準とかけ離れたものです。

憲法第18条では「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない」と定めています。今回の省令は年間1860時間もの時間外労働を業務命令として強制することができるものです。また、憲法第25条では「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と定められていますが、長時間過重労働を強いられる医師たちには、健康で文化的な最低限度の生活を営むことすらできません。

このように憲法違反さえ疑われる極めて異常な働き方を合法化するものと言えます。そもそも働き方改革では「ライフ・ワーク・バランスの実現を目指す」としていますが、医師の働き方改革では、医師の健康を守る議論はありますが、ライフ・ワーク・バランスの実現については全く触れられていません。医学部入試における女性差別の問題は、勤務医の過重労働が当然視されていることに原因があり、このことが出産・育児を担っている女性医師を差別する構造を生んでいます。現状の医師の働き方改革は、医師が子供を産み育てられる環境づくりなどを全く考慮しない非人道的で時代錯誤の改革と言わざるを得ません。

 

3、緊急に求められる対応

(1)現状での労基法違反への対応

①長時間労働

厚労省調査では、日本の病院の27%に年1860時間(過労死ラインの約2倍)の時間外労働を行う医師が存在するとなっています。年1860時間の時間外労働を認める36協定など存在しないはずです。これらの病院は悪質な労基法違反を行っており、今も勤務医の健康被害が放置されています。

今ある労基法違反をやめさせ適切な労務管理を早急に行わせる必要があります。

②残業代の未払い問題

多くの医療機関で、残業代を払わなかったり残業代支払いの上限を決めたりする違法が多くみられます。このことは適切な時間管理を行わない病院の姿勢や残業時間の申告を行わせないパワハラと関係しています。パワハラの存在下では、自己申告は意味を成しません。また、残業代の不払いは残業を減らす経営的なインセンティブをなくします。客観的時間管理を徹底し残業代を適切に支払わせることが必要です。

(2)当直の問題

宿泊を伴う夜間の労働を医療界では「当直」と呼んでいます。「当直」の実態には、ほとんど通常業務を行わない「宿直」としての当直と、通常業務を含む時間外労働としての当直の2つがあります。日本では宿直許可をとれば、宿直の時間は労働時間にカウントする必要はなく、賃金も通常の1/3でよいとされています。当然、医師が通常業務を行う場合は宿直には該当しません。しかし、2次救急を行っている病院や急性期病院が宿直許可を取っているケースが少なくありません。救急患者の受け入れや重症患者の治療は24時間体制であり、これに責任を持つ医師の当直労働は宿直ではなく時間外労働とすべきです。この点をあいまいにしたままでは医師の働き方はほとんど改善されません。2次救急を担当する病院や急性期病院の当直は、時間外労働としてしっかり管理し、交代制勤務を導入する必要があります。(表1・表2・表3参照)

 

4、中間報告の問題点

(1)兼業・副業(アルバイト)問題

多くの勤務医は、「外勤」と称するアルバイトを行っています。働き方改革の議論では、兼業・副業に関しては本人の自己申告となっていますが、これでは実態に合った労働時間を把握することは困難です。少なくとも長時間労働の例外を認めるB・C水準の病院では、適切な健康確保措置を行うため、副業・兼業を自己申告とせずに病院が客観的時間管理を行うことを義務付けるべきです。

B・C水準の対象となる医師に関しては時間外労働が年960時間を超える場合は、B・C水準の目的以外のアルバイトは原則禁止すべきです(B水準であれば地域医療を守るために必要であること、C水準であれば高度医療を身に付けるために必要であることを条件とすべきです。)

また、A水準の病院においても、外勤を労働時間に正しく計上しないことによって、労働時間を少なく見せる可能性があり、B・C水準の病院における労働時間管理や健康確保措置を同様に行うべきです。

(2)無給医問題をなくすための均等待遇の徹底

中間報告には大学院生の労働に関する記述は全くありません。大学院生や研究生等であっても診療(診療行為は全て病院の管理下です)や業務命令によるものは労働であることを、またこれを行うものは労働者であることを明記すべきです。また、大学院生の位置づけを明確にする必要があり、大学院生が年960時間を超えて働く場合はC-2に該当することを明記すべきです。

大学院生を最低賃金ぎりぎりの低賃金で働かせている大学病院がありますが、これはアルバイトによる長時間労働や研究時間をとれないなどの問題を引き起こしています。労働基準法3条の均等待遇の原則を守ることを基本とし、最低でも研修医の給料を上回る賃金を支払うべきであることを周知すべきです。

(3)B・C水準の医療機関の認定に関して

B水準の医療機関の認定にあたっては、厚労省案では、認定の条件として「過去1年以内に送検され、公表されたことがある場合には、・・・不適格」としされていますが、未だ送検されていないが不適格な病院(例えば、大学院生に給与を払っていないなど)も少なくありません。認定の必須条件として、①客観的労働時間管理の徹底、②均等待遇に基づく適切な賃金の支払い、③残業代の適切な支払い、④健康確保措置を取れる体制確立、の4点を加えるべきです。

なお、C水準に関しても同様の条件を加えるべきです。また、C水準の医師は自己学習や論文作成、学会発表などに多くの時間をついやします。これに加えて過労死ラインを超える労働が必要であるとするのならその根拠を明確に示すべきです。長時間労働は人間のパフォーマンスを低下させ健康障害を引き起こすため高度な医療を身に付ける妨げとなります。専攻医の多くがうつ症状となっている現実に正面から向き合い適切な労働時間とする必要があります。

 

5、労働法教育の推進

(1)病院管理者への研修

病院管理者は、医学・医療に関する能力により選ばれることが多く、経営や労務管理に関する知識がない場合も少なくありません。病院管理者になるにあたって、労務管理に関する研修(労基法や医師の働き方改革等)を受けることを必須化すべきです。

(2)指導医への研修

現場で医師への業務を命じる中間管理職等においても、労働法に関する知識を持たない医師が少なくないのが実情です。指導医の研修においても、労務管理に関する研修を必須化すべきです。

(3)医学生への労働法の授業

医師の世界では労働法を知らないために違法な慣習が数多くみられます。医学生教育において労働法に関する授業を必須化し、全ての医師が労働法に関して適切な知識を持てるようにすることが医療界の健全な意識作りに不可欠と言えます。

 

6、医師の働き方改革における病院への支援

日本の医療機関の多くは、経営的に厳しい状態におかれています。特に新型コロナウイルスとの闘いは、医療現場で働く医師を疲弊させていますが、医療機関の経営も深刻であり医師の働き方改革はほとんど進んでいません。このような状況の中で、医師の働き方改革を進めるには国による財政的な援助が極めて重要です。来年の診療報酬改定においては、働き方改革を誠実に進める医療機関を支援する診療報酬の増額が不可欠です。

 

7、医師の養成数の増員

現在の日本の医師数は約32万人で、人口当たりの医師数はOECDの最下位グループに属しており、約14万人増やさなければOECD平均に届きません。日本ではこの医師不足を医師の過重労働で補っているため、働き方改革を進めるには医師の増員が不可欠です。しかし、現在でも医師養成数はOECD最低となっています(図1参照)。最低限、OECD平均並の人口比医師数を目指して速やかに医師養成数を増やさなければ、地域医療を守る課題と医師の働き方改革は、共倒れになることが予想されます。

医師の働き方改革では、B水準の例外は2035年には解消し一般労働者と同様にするとされていますが、現状の医師養成数では大幅な受診抑制を行わなければ不可能です。

厚労省は2060年には日本の人口が8000万人台となることを理由に、医師数を抑制するとしています。しかし、内閣府の「選択する未来」委員会報告では「現状のまま何もしない場合、人口急減・超高齢化が招来」するとしており「人口が50年後においても1億人程度の規模を有し、将来的に安定した人口構造を保持することを目指すべきである」としています。厚労省の医師数抑制政策は少子化対策が進まないことを前提としており政府の方針から逸脱しています。少子化対策と医師の働き方改革が進むことを前提とした医師増員を行う必要があります。

 

表1 当直・日直の内容

通常と同じ 34.5%
通常より少ない 47.2%
通常業務はほとんどなし 13.7%
未回答 4.6%

〔出所〕勤務医医労働実態調査2017

 *宿直に当たるのは「通常業務はほとんどなし」の13.7%のみです。

表2 当直明け後の勤務

通常勤務 78.7%
半日勤務 15.4%
勤務なし 3.9%
未回答 2.0%

〔出所〕勤務医医労働実態調査2017

表3 交代制勤務の有無

なし 83.8%
2交代 5.0%
3交代 1.1%
その他 1.8%
未回答 8.3%

〔出所〕勤務医医労働実態調査2017

 

 

図1 新卒医師数、2017年(又は至近年)   人口10万人当たり

 

「図表で見る世界の保健医療 OECDインディケータ(2019年版)」より作成

 もとの出典はOECD Health Statistics 2019

 

 

 

 

資料―1 医師の過労死に関する考察

全国医師ユニオン 植山直人

 

病院勤務医の労働実態から過労死の労災認定を受けている医師は氷山の一角と考えられる。過労死の労災認定においては、労働時間が重要となるが、医師の多くはまともな時間管理をされていない。多くの病院では宿直が実態として労働時間であっても、宿直許可がとられているため時間外労働に含めていない。過労死遺族は亡くなった医師が仕事で大変であったことは認識していても、具体的な労働実態や労働時間を知っているわけではなく、病院にも正確な労働時間の記録がないため労災申請を行うこと自体が非常に困難である。

日本における実際の医師の過労死数を推測する上で、過労死ラインを超えて亡くなる医師数を考察してみた。医師の自殺者数の仮定をもとに年間の医師の過労死数を考察してみた。また、警察庁は2006年まで自殺統計資料として医師の自殺者数を公表していた。この統計資料は2007年より医師の項目が医療・保健従事者に変更されているため、その後の医師の自殺者数を知ることは出来ないが、医師の自殺者は2004年が79人、2005年が90人、2006年が90人となっており、この3年間の平均は86名である。日本の全自殺者数は一時年3万人を超えその後2万人程度に減少している。医療・保健従事者の自殺も一時増加した後に減少傾向にはあるがあまり減少していない。統計開始の2007年の298人と、直近の2019年の289人ではほぼ変わりがないと言える。ここで仮定として年間の医師の自殺者数を80人とし、この7割が勤務医であるとすれば、自死している勤務医は56人いると推計される。過労死ラインを超えている勤務医が4割いるとのデータから、22.4人が過労死ラインを超えて自死していることが推測される。また、2006年に医労連などが調査した医師の過労死17件のケースを見ると、医師の過労死のうち病死が10件(59%)、過労自死が6件(35%)、交通事故死が1件(6%)となっている。この比率から、過労死の中の過労自死が35%とすればこれが22.4人に当たるため、過労死全体は年間約64人ということになる。過労死ラインを超えて死亡する医師が全て過労死とは言えないが、少なくとも労災認定の数よりはるかに多くの過労死が起きていると考えるべきである。

先に述べた厚労省のデータから、勤務医数を20万人と仮定すれば4割の8万人が過労死ラインを超えている。しかも1割の2万人は過労死ラインの2倍を超えており、1.6%の3200人は過労死ラインの3倍を超えて働いている。これでは多くの勤務医が過労死している可能性は否定できず、労災申請や労災認定が実態を反映していないと言える。過労死ラインを超えて働いて死亡している医師が毎週1人以上いる可能性がある。医師の働き方改革は喫緊の課題である。

 

 

 

 

 

 

 

 

資料―2  専攻医調査での深刻な健康被害について

全国医師ユニオン 植山直人

 

筑波大学医学医療系客員准教授の石川雅俊医師が進めている専攻医調査で、深刻なメンタル不良が認められています。現在、分析が進められ報告書は作成中の状態ですが、その重要性から一部情報提供をいただきましたのでお知らせいたします。

今回の調査は、公益財団法人医療科学研究所の研究助成を受けて、専攻医の勤務実態を把握することを目的とした「専攻医の働き方改革の推進に向けたアンケート調査」で、19基本領域の基幹病院として専門医研修を行っている全国924病院、3345プログラムにアンケートを送付し、445の病院、4356名の専攻医が回答しています。

 

1、 勤務実態

・在院時間:週60時間以上68.0%(厚生労働省調査:全体39.2%)

週80時間以上26.4%(厚生労働省調査:全体10.5%)

・当直回数:月4回以上50.5%(外勤1回以上38.3%)

・当直明けの勤務体制:当直実施者の70.5%が通常勤務

 

2、メンタル不良

中等度の抑うつ症状:18.6%

・週60時間未満 17.0%

・週60時間以上 19.3%

・週80時間以上 19.9%

 

3、自死について

自死を日常的に考えている:5.6%(日医の全年齢層の医師を対象とした調査:3.6%)

‐  ・週60時間未満 4.3%

・週60時間以上 6.2%

・週80時間以上 6.9%

 

4、不満に思う点

・給与・手当(65.1%)

・労働時間(45.2%)

・研修内容(20.3%)

・人間関係(20.1%)

・子育て支援(10.6%)の順

 

上記要請文は下記よりPDFでダウンロード可能です

衆議院厚労関係議員への要請文 2021_3_3_4